第8話 友だちよりも…

 店内には楽し気な音楽が聞こえてくるけど、それどころではない。

 おしゃれなカフェにはいろんなお客さんがいる。



 窓際にあるカウンター席で隣にいるかなでさんは教科書を見て、簡単な説明をノートに書いているのが見える。

 それを見てもあんまり理解できない。


「これは、だいぶわかってないね」

「う~ん、わからない」


 もう頭がオーバーヒートしそうになってきて、一度水を飲むことにしたんだ。

 教科書を見ていたけど、とても楽しいことが起きているのが見えた。

 後期の中間試験が終わって、翌週からの開放感が半端なかった。


 テストの結果は全部平均点以上だったけど、化学が赤点で来週追試だと言われていた。


美琴みことちゃんは……イオン式がかなり理解できてないよね」

「はい……おまけに化学って学年の半分くらいは赤点で、百人も赤点が出ることになるとは……」


 それを聞いて奏さんは思わず苦笑いをしている。


「難しかったんだね……マジで」

「うん、わからないよね」

「これは……中学生のときから、つまずいているよね」


 奏さんの言う通りなんだよね……中学時代からイオン式は挫折していて、もうあきらめの境地に達している。


 テストの解答用紙と先生から配られた模範解答を照らし合わせてわからないところを教わっていたけど全然理解できなかった。


「完全に文系だよね。この結果を見ていると」


 それはスマホで見せた後期中間試験の結果が書かれた表。

 国語は現代文と古典で九十点に近い点数、英語の三教科も七十点から八十点の間になっている。


 あと世界史にいたっては満点に近い点数を出していた。

 数学は五十点くらいで、科学が赤点だったので幅がある。


「文系ですよね……これからのテストが怖いですよ」

「でも、さっき聞いたら生物の分野に入るみたいだし、これから大丈夫だと思う」


 生物はかなり得意なのでそこを何とか頑張りたいと思っている。

 今日は奏さんが見つけた駅前のカフェで勉強を教わった。


 中高生のときは理数系の教科がとても得意だったみたい。


「俺が高校時代のときは文系のクラスじゃなくて、理系のクラスにいたからね。これからも難しいなと思ったら教えるよ」


 わたしは教科書とかをしまってから、頭を抱えていたんだ。


 どうしても理数系は好きになれなくて、苦手意識は小学生の頃から抱いていた。

 それを見た奏さんは笑顔でこちらを見ているのが見えた。


「お疲れ様、甘いものが届くと思うから、先に食べてからどこかに行こう」

「はあ……難しい」


 テーブルに頭をつけてクールダウンしようとしていた。

 このまま追試が受かるかわからない気持ちが起きていた。


 不安になってきたけどまだ自分のことが起きているのかもしれない。

 そのときポンと頭に何かが置かれた感覚があった。


「ん? え、ちょっ」


 奏さんの手が自分の頭に置かれていたことに気がつくと、めちゃくちゃびっくりして心臓がバクバクして止まる気配がないんだ。


「奏さん! ちょっと、びっくりさせないでくださいよ」

「小学生のとき受験勉強をしていた頃、ヘトヘトで帰ったときに姉貴もこうしてくれたから」


 話しているときは目を細めて話しているのが見えて、とてもうれしそうにしているんだ。


「アハハ、ごめんね。からってるわけじゃないよ」


 奏さんの手が離れて頭にはその感覚がまだ残っていた。

 顔が赤くなっているのを隠したくて、顔を両手で覆ってしまう。

 また変に心臓がドキドキしているのは奏さんのせいだと言いたくなる。


 でも、まだ言わなくても良いかもしれない。



「お待たせしました!」


 注文していた甘さが控えめのガトーショコラを店員さんが持ってきてくれた。

 ちょうど来てくれてよかった……。


「ガトーショコラです」

「ありがとうございます」


 わたしと奏さんはそれを食べてみる。


「めちゃくちゃうまいな。これ、俺も好みかもしれない」


 奏さんはどちらかと言うとビター系のチョコとかが好きみたいだ。

 口にするとビターチョコと少し甘めの生地がちょうどいい感じに混ざっていて、苦みもあるけど甘さも少し引き立てられている。


 そのガトーショコラは甘さが苦手な人におすすめとテレビで紹介されて、お客さんが結構店内に来ていた。


 お互いに数分で食べ終えてしまって、カフェを出て散歩をすることにした。

 勉強で頭を使ったから、そんなのとは関係ないことをしたかった。



「奏さん、いまからわたしが行きたいところに行ってもいいですか?」

「うん」


 わたしは奏さんの少し前に歩きながら道を確認する。

 そして、駅前の歩道橋を降りてから映画館の横にある細道を抜けて、開けた場所が目の前に広がっていくのが見える。


 奏さんはあまちピンとこないようだった。


「ここは?」

「あ、国営の公園ですよ。無料の場所なら楽しいと思う」

「そうなんだ……昔、来たことがあったな」


 そう言うと少し懐かしそうに話していた。

 無料の場所は広くてピクニックに来ている人が多くて、カップルや小さな子どもを連れた家族が多い。


「ここはとても楽しいよね。写真を撮りやすい」

「走ってきても良いですか? 気持ち良さそうなので」

「行ってきて」


 奏さんを置いて先に走り始めていく。

 まるで子どものときみたいな気持ちで走り出していく。

 自分でも楽しいって気持ちがわいてきて、笑ってしまって上手く走ることができない。


「アハハ! 奏さん」

「美琴ちゃん、こっち向いて」


 その声が聞こえてわたしは立ち止まって、奏さんの方を向いた。


 振り向いた瞬間に向こう側から、カメラのシャッター音が聞こえてきた。

 なぜか自然と笑顔になれるのは素でいられることを知っていたんだと思う。


「美琴ちゃんはいい笑顔をするね。写真を撮るのが楽しいよ」

「奏さんに写真を撮ってもらってるときは、とても笑顔になれます」

「うん、よかった」


 奏さんの笑顔はとても笑顔でこちらを見ているのが見えた。


「美琴ちゃん、これからも友だちでいてくれるかな?」


 それを言われたとき、何となくショックを受けてしまった。


「はい……今日は帰ります」

「うん。駅の方角はわかっているから、また会える日ができたら伝えるね」



 そう言って奏さんと別れて、電車の改札のなかに入る。

 気持ちが揺れ動いているのと同時に泣きそうになってきた。


 奏さんを意識しているのは写真スタジオで写真を撮ってもらったときだ。

 まだ紘一とつきあっていたときみたいになるのが怖かった。


 もう吹っ切れたと思うのに、ブレーキをかけたくなる。

 しばらく距離を置いてもいいのかもしれない。


「どうすればいいの……」


 わたしはホームの隅で人に見られないように泣いてしまったんだ。

 向こうは友だちと思っているのかもしれないけど、こっちはとても好きな人で大切な人だと言いたかった。



 でも、それができなかった。

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