第5話 心の変化
「ここってカレーの店だったんですね」
「え、うん。俺が小学生の頃から来たことがある場所で」
昔から
店に入るとカレー店みたいでかなりリーズナブルな価格で、量も多そうなメニュー表が券売機のところに貼られてあったの。
「結構安くないですか? ここの値段」
「うん。ここは量もあるし、おいしいよ」
奏さんは懐かしそうに眺めていた。
わたしは隣で店内を見渡してみる。
ここは暗い茶色の机がきれいな感じが少し昔の映画のセットに見えるんだ。
「いらっしゃいませ!」
カウンター席は何人か来ているけど、男性が多く印象があったけど一組小学生の女の子とお父さんがやって来た。
先に食券機で食券を使っているのが慣れているのが見えた。
わたしは食券機にあったカツカレーの並盛のボタンを押してから、カウンター席の方が空いているのでそっちで食べることにした。
「すみません、カツカレーの並盛、お願いします」
「はい、しばらくお待ちください」
右隣に座ってから慣れた感じで奏さんは店員さんに食券を渡していた。
「奏さん。何を頼んだんですか?」
「あ、うん。カツカレーの大盛だよ、見かけによらず結構食べれるんだよ」
わたしはカレーが来るまで話をすることにした。
「あ、
「えっと……なんか最近は失恋したことも気にならなくなってきて。そろそろ大丈夫そうかなって思ってます」
最近は紘一の方も彼女ができたみたいで、自分も前に進まないとなと感じていたんだ。
「もう吹っ切れたと思います」
「そっか。よかった」
話し終えると水を飲んでからカレーを待つことにした。
ずっと聞いていた奏さんは安心したみたいで、目を細くして笑っているのが見えた。
「美琴ちゃん、会ったときから明るくなったよね。俺も見ててわかるくらいだし」
「やっぱりそうですか! 母さんにも言われたんですよ、明るくなってきたって」
そのことを聞かれてとてもうれしかったんだ。
収まっていたのにまたドキドキして、普通を装って話していた。
「でも、明るいことが良いよ」
「そうですね」
奏さんが左耳に銀色のシンプルなピアスをつけていたのに気がついた。
ライブのときにつけていたのはこれだったんだとわかった。
「ピアスってするんですね。奏さん」
「ああ、これ? 高校卒業した日に開けた」
「え⁉ 卒業式終わってからってことですか?」
「うん。俺は高校卒業したらって考えてたから」
「仕事のときはつけてるんですか?」
仕事のことは聞いたことはあるけど、実際に仕事をしている姿をまだ見たことがない。
高校の近所にあるファミリー向けの写真スタジオだってことは知っている。
わたしが写真スタジオに行かないし、写真を誰かに撮られることが少ないから余計に機会がないのかもしれない。
「うん。仕事は結婚指輪以外つけるのはダメなんだ。お客様や衣装とかを傷つけやすいから」
「そうなんだ。髪色って、自由なんですか?」
「あまり明るすぎるのはダメ。俺の場合は地毛にさらに暗くしている。初めて会ったときが地毛だったんだよね」
いまの奏さんは少し髪色が暗くて、落ち着いた雰囲気の感じだった。
自分の髪色よりも明るい感じだけど、色はダークブラウン寄りの色だった。
初めて会ったときの髪色はいまよりも明るかったけど、こっちの髪色の方が似合う。
「もともと地毛が明るいんですね」
「うん。両親も地毛が明るいよ」
「中高は名良ですよね?」
「うん。中高は髪色が自由の学校に進学したかったし、染めるのも嫌だったし」
名良は制服があるだけで髪色は自由な感じだった。
和真兄ちゃんがときどき髪色はそのままだったけど、軽音部のメンバーのなかには明るく染めていたこともあったくらい。
「いいな~。そんな感じ学生生活を送れるし」
結城女学院は名良とは違って校則で決められていることが多いけど、だいたい普通に過ごしていれば校則を違反することはないんだけどね。
「でも、ある程度の自由はあるけど、ちゃんと勉強する環境を作ることが前提だったから」
そのときに店員さんがカレーを持ってきてくれたのだ。
「お待たせしました。カツカレーの並盛と大盛です」
「ありがとうございます。いただきます」
カレーを店員さんからもらって近くに置かれてあったスプーンを持って食べ始めた。
福神漬けもついているのでカレーと一緒に食べる。
口に入れたときは少しだけ辛いなと思ったけど、食べているとしだいに普通になってきた。
水を飲んでから一度カツを食べる。
「ここのカレー、おいしいですね」
「でしょ? ときどき食べに行きたいなって」
カレーを食べてから少し落ち着いてからお店を出ることにした。
「それじゃあ、行こうか」
「うん。ごちそうさまでした」
わたしはカウンター席に店員さんへ食器を渡した。
紙ナプキンで口を拭いて、汚れがないかを確かめた。
この前みたいに口に何かがついているのは嫌だから、ちゃんと鏡を見ながら確認していく。
「行きましょ!」
店はたぶん小学校低学年の頃、一度だけ行ったことがあってそれ以来だったのを思い出した。
たまたま同じ場所に来たことがあったんだと思った。
「奏さん、次はどこに?」
「まだ決めてないよ。美琴ちゃんが決めていいよ」
奏さんにそう聞かれても全然考えていなかった。
「特に行きたいところは……新宿に行きませんか? あそこだったら、お互いに家まで近いですし」
「そうだね。先にそっちに行くか」
電車を乗り継いで新宿にやって来た。
やっぱり人は多い、みんなが楽しそうな感じでショッピングを楽しんでいる。
わたしと奏さんは書店で本を見たり、他のフロアでウィンドーショッピングをしていた。
それだけでも楽しくて、時間を忘れて話したりしていた。
駅に行くと空は夕暮れになっていて、もう帰らないといけないみたいだった。
「美琴ちゃんはこれから西武線で帰るの?」
「そうですね。始発から座りたいので」
「賛成、俺は途中で乗り換えになるけど、大丈夫だと思う」
「じゃあ、一緒に行きましょう」
西武新宿駅から各駅停車の拝島駅行きへと向かうことになった。
電車は各駅停車で行くので他の電車よりは遅く駅に着くから、急行である程度飛ばせる人はそっちで行く人が多い。
この電車の座席はみんな座っていて急行で止まらない駅で降りる人が多いみたい。
LINEでだいたい七時くらいに帰るとメッセージを送った。
車内はとても静かでときどき話し声が聞こえてくる。
お互いに疲れたみたいで無言で電車がときどき揺れていく。
奏さんは隣で寝ているけど、頭が肩によりかかるような形になってしまった。
「え、か、奏さん⁉ あの」
声をかけたけどそれも聞こえないくらい熟睡している。
こっちはかなりパニックになってしまうし、隣に人がいるので姿勢を変えるわけにいかない状態だった。
どうしよう……というのが頭を駆け巡っている。
漫画で見たことがあったような状況になってて、冷静になって考えることにした。
最初は起こそうかなと思っていたけど、かなり寝ているんから起こせずにいた。
隣で寝ている奏さんはあと数駅で乗り換えになるから、そこで起こさないといけない。
「あの、奏さん」
「ん~……あっ、ごめん。美琴ちゃん」
ずれたメガネをかけ直して、とてもびっくりしているのがわかった。
「いえ、大丈夫ですか? 乗り換え、あるんじゃ」
「あ、あと一駅だから……大丈夫」
「それじゃあ、俺席を立つよ。また、連絡する」
小声で会話をしているときの奏さんは慌てて乗り換えの駅で降りてしまった。
その表情は見えなかったけど、耳が赤くなっていたのが一瞬見えた。
「あ、奏さん……」
あいさつすらできずに電車が発車してしまい、奏さんの姿も見つけられない。
電車内は帰宅する人たちでいっぱいになっていた。
そのなかで地元の最寄り駅に着くまであと三駅くらいだ。
わたしは心臓がまた高鳴っているのに気がついた。
手を引かれたわけでも、肩に寄りかかってきたわけでもない。
でも、この感情の正体はわかっていたけど、口にするのは勇気がいると思った。
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