第1章 傷心とカフェ巡り

第1話 新しいカフェ

 わたしは部屋で新しい白い襟のついていないシャツワンピースを出した。

 今年の夏に買ったものでスカートがふわっと広がるデザイン、それがとても気に入って着てるんだ。

 髪もハーフアップでバレッタをつけて、家を出ようとしていた。


美琴みこと~、帰るのは遅くなるから。カギを持って行って。冬樹ふゆきさん、行ってくる」

「は~い」

美紅みくさん、いってらっしゃい」


 キッチンから父さんの声が聞こえてきて、朝食の準備が起きていることができたんだ。

 母さんから家の鍵をもらって、先にスーツ姿で家を出て仕事に行った。


 いま勤めているのは大手の外資系企業でよく海外出張しているので、家にいる日がかなり少ないんだよね。

 逆に父さんは自宅で仕事ができる職種なので、主に家事は父さんに頼んでいることが多い。


「今日は夕飯の時間ずれるかも」

「了解、いってらっしゃい。美琴」


 玄関を出ると湿気がむわ~っと体にまとわりついている。

 雨が降る予報が出ていたから、折り畳みの傘を持っていくことにしたの。


「それじゃあ、行ってきます」




「うわ……暑いな、これ」


 最近は暑すぎて家に引きこもりがちになっていたから、久しぶりに外出してもくらくらしそうになる。

 暦の上ではもう秋になっているのに現代の九月はと真夏の延長線上にいるような形だ。


「あ、美琴! こっちだよ」


 和真かずま兄ちゃんが手を振っているのが見えて、その隣には栗色の髪をした男性が立っている。


「お待たせ……電車が遅れてて」

「山手線が遅れるなんて珍しいね」


 その隣で話している人はシンプルなスタンドカラーの白シャツに黒いジーンズとスニーカーで、まるで学生のような服装をしている。


「おはよう。久しぶりだね、美琴ちゃん。覚えてるかな?」

「はい。かなでさん」

「じゃあ、俺は先に帰るから。それじゃあな」


 和真兄ちゃんは普通に家に帰るみたいだ。


「うん。わかったよ、高宮先輩」

「じゃあね。和真兄ちゃん」


 奏さんと一緒にどこかに行こうか話し始めたんだ。


「今日はおしゃれなカフェが見つかったんだけど……行ってみない? とても穴場スポットの」


 スマホで見せてくれたのはきれいな内装のお店で、おいしそうなパンケーキが写真で載せられていた。


「とてもおいしそうです」

「うん。それじゃあ、食べに行こう。原宿だから……山手線に乗っていこう」



 山手線で原宿まで行って竹下通りではなくて、裏原宿と呼ばれるような大人っぽい感じになっている。


 そのなかで隠れ家のようなカフェが見つけることができた。

 カフェの名前は「Café Stella」と書かれた看板がとてもおしゃれな感じで、とても気好きなタイプのお店だとわかってワクワクしていた。


「ここ、とてもおしゃれですね」

「でしょ? ここは最近できたみたいで。店名は『星』って意味だって」

「へえ~、Stellaってそういう意味なんだ」

「それじゃあ。先に入ろう、暑くて解けそう」


 同じことを考えていたので、クスリと笑ってしまった。


 奏さんとお店に入るとひんやりとした空気が体を包み込んできた。外が暑いと室内の冷房がとても涼しく感じる。


「涼しい~」

「いらっしゃいませ。二名様ですね、席はこちらになります」


 店員さんが二人掛けのテーブルに案内して、メニュー表を持ってきている。


「こちらがメニュー表になります。お決まりになりましたら、店員をお呼びください」

「はい」


 わたしはメニュー表を眺めていると、さっき奏さんに見せてもらった写真が載っていたものがあったの。


「これさっき見たやつですね。おいしそうです」

「確かにね。俺はチョコのかかったやつにしようかな」

「あ~、そっちもおいしそう。迷うな」


 わたしはとても迷っていたけど、結局わたしはスマホで見た写真のパンケーキにチョコソースをかけるタイプのものにしたんだ。

 奏さんはパンケーキにラズベリーとクリームが乗っているパンケーキを頼んでいた。

 あと飲み物は冷えていたジュース頼んで、パンケーキが来るまでお互いの近況を話す。


 奏さんは最近新しくできた写真スタジオでカメラマンとして仕事をしている。


「最近は文化祭に向けての打ち合わせ、これからアシスタントで何校か行く予定」

「めちゃくちゃ忙しいじゃないですか! 大丈夫ですか」

「うん。今日は急にキャンセルしたお客様がいてね」


 カメラマンはこれから文化祭シーズンでとても忙しくなるみたいで、今日は息抜きをしているみたいだった。

 わたしはよく来るカメラマンの人もこんな感じで仕事をしているんだと思った。

 カメラマンをしている奏さんも見てみたい、そんなことを考えていた。


「美琴ちゃんは元気にしてた?」

「はい……でも、わたしは失恋しましたが」


 水を飲み始めた奏さんは話しながら、こちらを見ている。

 その質問はされると思ったけど、とてもびっくりしてしまった。


「中学二年のときからつきあっていたんですけど、高校が別々になって…だんだん距離ができちゃって」

「初めてかな? そうやって別れたのは」


 わたしは水を飲んで彼のことを見つめた。

 泣きそうになるのを抑えて話を続けようとするけど、声が震えてしまってあまり話せない。


「はい。立ち直れるか、わからなくて」

「無理して話さなくても、わかるよ。まだ好きだって」


 それを言われて我慢していた涙が溢れてしまいそうになる。

 まだ彼のことが好きだと、離れたくなかったと言えなかった。


「はい……とても好きだったんです」

「美琴ちゃん」


 奏さんが真剣な表情でこちらを見ている。


「悲しい顔をしていると、心はいつまでも悲しいままだよ。笑顔になることが増えないと楽しいことなんて来ないよ」


 その言葉は彼のの経験か聞いた言葉なのかはわからないけど、とても心にズドンッとその言葉が矢のように突き刺さったんだ。


「あ……確かに、あんまり笑ってないかもしれないです」

「高宮先輩が心配してたんだよ。あまりにいとこが失恋で落ち込んでるって」

「え、和真兄ちゃんが?」


 全くそんなそぶりはしていなかったから、その話を聞いてびっくりしている。


「見た目は怖いけど、優しいんだから。先輩は」


 確かに強面と呼ばれるタイプだけど、とても優しいのは知っている。

 でも、今日はその優しさにまた涙が出そうになる。


「あ、パンケーキが来たよ」


 その言葉でハッとしてパンケーキを食べ終えたときには涙は止まっていた。





「今日はありがとうございました。奏さん」


 夕焼け空がとてもきれいな時刻、待ち合わせ場所の渋谷駅にやってきた。


 スマホで写真を撮っている奏さんはとても楽しそうだ。


「写真、撮るのが好きなんですね」


 スマホで撮った写真を見せてもらったけど、とてもきれいな空の写真や風景の写真がフォルダに入っているの。

 使っているのはiPhoneの最新機種で、カメラの使い分けとかもして撮っているみたい。


「写真を撮りすぎて、SDカードがすぐにキャパが無くなる」


 困ったような顔で話していたときの奏さんはかわいく見えた。


「今日はありがとうこざいました」

「いいんだよ。今度は美琴ちゃんが探してみて」

「はい。今度はいつ会えますか?」

「先輩経由で連絡しても良いかな? だいぶ先になりそう」

「わかりました。また」


 電車に乗って家に帰る頃にはもう悲しい気持ちも無くなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る