ノートルダム大聖堂事変

 ヴェルサイユ共和国は今、戒厳令下にあり、国権は公安委員会が完全に掌握している。


 だが、そんな公安委員会でも思い通りにならないものがあった。

 最高司祭パトリアルケータが率いる聖導教会だ。


「教会騎士団の戦力は国内最強と言っても過言ではありません。これを掌握できていないというのはやはり目の上の瘤と言わざるを得ませんな」

 そう言うのは、死の天使長アルカンジュ・ド・モールの異名を持つレオン・ド・ジュスト伯爵。ロベスピエールの側近を務めている人物だ。


「分かっている。だが案ずるな。手筈は既に整っている」


「手筈、でございますか?」


「そうだ。そろそろ伯爵にも紹介しようと思っていた。ちょうど良い」


「……一体何の話ですか?」


 公爵の言葉を理解できずにジュストが困惑していると、ロベスピエールは右手を軽く上げる。

 その瞬間、部屋のカーテンが全て勝手に動き出して窓を覆い、外の光を遮断した。


 部屋の中央の床には突如、青白い魔法陣が浮かび上がる。


 ロベスピエールはその魔法陣を前に跪き、ジュストはそれに合わせて慌てて同じように跪く。


 次の瞬間、その魔法陣から黒い法服に身を包んだ男の姿が映し出された。


「法皇陛下にはご機嫌麗しゅう、」


「つまらぬ世辞は良い。次の計画の準備は進んでおるのだろうな?」


「無論にございます。既に計画は動いております。明日には教会の権威は失墜し、ヴェルサイユ共和国は我が公安委員会が完全掌握する事になるでしょう!」


「ふふふ。では楽しみにしているぞ」


「御意!!」



 ◆◇◆◇◆



 公安委員会は、その配下に公安警察という治安部隊を擁している。

 その治安部隊が突如、ノートルダム大聖堂へと押し寄せた。


「公安委員会委員長ロベスピエール公爵のご命令により教会騎士団及び教会関係者を全て拘束する!!」


 そう宣言したのは公安警察を率いてノートルダム大聖堂へと突入したジュストだった。


「無礼な! 聖なる大聖堂に武器を持って押し入るなど!」

 突如現れた公安警察に対して、一切臆する事無くテュルパン大司教が応対する。


「黙れ! お前達には国家転覆の容疑が掛かっている! 大人しくした方が身のためだぞ」


「こ、国家の転覆だと? 馬鹿な。何の証拠があって?」

 まったく身に覚えが無いテュルパン大司教はただ困惑するのみだった。


 何とか穏便に話を進めようとするテュルパンだが、事態はそれを許さなかった。

 公安警察の高圧的な態度に我慢仕切れなかったある教会騎士団の騎士見習いが抜剣したのだ。


 これにより公安警察と教会騎士団の抗争が始まり、神聖な大聖堂は血で穢される事態となってしまう。

 しかし、一度始まった抗争は純粋な力と力のぶつかり合いで、もはや武力でしか収拾できない様相を呈する。


 そんな惨事となっても、教会の頂点に君臨する最高司祭パトリアルケータは、大聖堂の最奥に位置する聖座の間から動かなかった。


「猊下! 最高司祭猊下!」

 血相を変えてランス祭司長がパトリアルケータの下を訪れる。


「分かっているわ、ランス祭司長。いずれこんな時が来るのは分かっていたわ。でも予想より早かったわね」


「如何致しましょうか? ここは公安委員会と全面戦争に及びますか!?」


「止めなさい! ここで私達と公安委員会が戦争を起こすとなれば、リュミエールの民を巻き込む事になるわ。ただでさえ首都は先の戦いで傷付いているというのに」


「では、一体どうなさるのです? まさかこのまま、公安委員会の思い通りに無実の罪で処刑されろとでも言われるのですか?」


「勿論、そんなつもりは無いわ」


 その時だった。扉の向こうから聖座の間へと黒い煙が入り込む。

 どうやら火の手が上がったようだ。


 それから少しして、ノートルダム大聖堂は全焼。

 教会関係者、公安警察ともに多くの死傷者を出す大惨事をなるのだった。

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