貴族になる
ローランとオリヴィエが聖騎士となる。
その事が決定している頃、二人の姿はヴァンティミール公爵家の邸にあった。
ヴァンティミール公爵直々の招待を受けたのだ。
「騎士ローラン、騎士オリヴィエ、両名ともよくぞ我が娘を守ってくれた。礼を言うぞ」
「勿体なきお言葉です、公爵閣下。私どもはただ為すべき事を果たしたまで」
オリヴィエが礼節に乗っ取った口上を述べる。
元王子として最高の礼儀作法を学んできたはずのローランは、こう言った事が苦手だった。
それは彼の大雑把な性格という先天的な要因と奴隷の極貧生活という礼儀作法とはまったく縁の無い環境下に身を置いていたという後天的な要因の二点に起因する。
その事をよく知るオリヴィエは、対人交渉等を主に自身の役目と考えるようになっていた。
「まあ、そう固くならずとも良い。今日はそなた等に褒美を与えようと思って呼んだのだ。そなた等に爵位を与えてやる」
「「え?」」
爵位を得る。それはつまり貴族になるという事だ。
教会騎士団の騎士ともなれば、その地位は貴族にも並ぶだろう。
しかし、それは教会、特に最高司祭パトリアルケータの権威という大きな後ろ盾があるからこそであり、本人の地位とは言い難かった。
そこでヴァンティミール公爵はローランとオリヴィエを正真正銘の共和国貴族に加えようと考えた。
しかし、それは善意から、というだけではない。
数ある共和国貴族の中には、革命の混乱の中で相続人が無く断絶してしまっている家名が幾つも存在する。それをローランやオリヴィエに相続させる。
それにより、断絶した家を復活させ、共和国の貴族勢力をより盤石にするのだ。
この話は既に動いており、共和国貴族でも有数の実力者の一人である財務総監コルベールが手頃な家名をピックアップしていた。
「ローラン、そなたにはエックミュール伯爵家を。オリヴィエにはラグランジュ伯爵家を継がせる予定だ」
エックミュール伯爵家。
ラグランジュ伯爵家。
共にかつては栄華を極めた家系だが、どちらも既に跡継ぎを失って断絶しており、領地も財産も親戚に持ち去られてしまっている。
文字通り名前だけの地位だが、それだけにコルベールにとっては自由に動かせる家名でもあった。
仮に地位に見合った価値のある家名を相続させようとした場合、必ず諸侯、そして公安委員会は反発するだろう。
諸侯は、奴隷出身者ではなく、自分の家の次男三男に、と言い出すに違いない。
そして公安委員会は委員会を無視して何を勝手に、と騒ぎ出すかもしれない。
しかし、実を伴わない家系であれば、諸侯にとっては手に入れても大した旨味が無いため、反発も最小限に抑えられる。
公安委員会としても特に自勢力への脅威とは感じずに静観するだろう。
貴族になるという事をローランは素直に喜んだ。
なぜなら貴族になり、貴族社会における地位が盤石となれば、ロベスピエール公爵への復讐にまた一歩近付く事になるからだ。
しかし、オリヴィエは違った。
「恐れながら公爵閣下! 閣下の仰せは真にありがたい事なれど、私はあくまで教会騎士です! そのような大それた地位など……」
「ふん。そう重く考えるな。貴族と言っても、名ばかりの家系よ。肩書きが増えたくらいに考えれば良い」
少なくともこの時点では、ヴァンティミール公爵の言うように考えていても、まったく問題は無かった。
「は、はぁ」
「承知致しました、閣下!」
戸惑いを隠せないオリヴィエに対して、ローランは大いに喜んでいる。
「では今日よりローランは、ローラン・ド・エックミュール伯爵。そしてオリヴィエは、オリヴィエ・ド・ラグランジュ伯爵と名乗るが良い!」
こうしてローランとオリヴィエは
しかし、これは我欲を捨てて教会に尽くすべしという教会騎士団の教義に反する行為にも等しく、反感を覚える聖職者が皆無というわけにはいかなかった。
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