聖騎士

 戒厳令が発令され、ヴェルサイユ共和国は一層物々しい雰囲気に包まれた。

 首都リュミエールの主要な建物や道路には、公安委員会直轄の警官隊が配備され、市民や物の行き来には制限が課された。


 一方、国防軍は大遠征の準備に勤しみ、もうじき大きな戦が始まるのだと誰もが確信する。


 しかし、教会騎士団は相変わらず、リュミエールの復興支援に従事していた。


 どこもかしこも慌ただしくする中、聖導教会の総本山“ノートルダム大聖堂”の最深部にある聖座の間では今、最高司祭パトリアルケータがテュルパン大司教とランス祭司長がある事について話し合いをしていた。


「騎士ローラン、騎士オリヴィエは、ヴァンティミール公爵家のシャルロット令嬢を命懸けで守ったとの事で、公爵家より何か恩賞を与えたいとの申し出が来ております。今は戒厳令下で教会の立場も危うい状態です。ここはこれを機に教会とヴァンティミール公爵家の繋がりを強化しておくのも良いかと」


 貴族令嬢を命懸けで守った。

 その功績は、細やかなものではあったが、その貴族が名家中の名家である公爵家ともなると話は変わってくる。

 教会と諸侯のパイプ役を担うテュルパン大司教にとって、これは教会の勢力を盤石にする絶好の材料だった。


「テュルパン大司教の言う事は分かるが、市民を守るのは教会騎士として当然の事! それで褒美を貰うなど教会の精神に反していると思わぬか!?」

 ランス大司教が声を荒げる。


「落ち着きなさい、ランス祭司長」


「は、はい! 申し訳ありません、最高司祭猊下」


「確かに教会のためにも、これは良い機会かもしれないわね」

 最高司祭パトリアルケータはテュルパン大司教の提案を好意的に受け止めていた。


 しかし、教会内部の事に部外者の貴族が口出しする事に、ランス祭司長は強い嫌悪感を示す。

「教会の精神は何者にも侵されない神聖不可侵なものです! それを政治の駆け引きのために破るというのは如何なものでしょうか? 第一、褒美と言っても一体何を与えるつもりですか? 世俗の恩賞など教会騎士は受け取れません。教会騎士団の教義に反しますぞ」


「聖騎士(パラダン)の座は如何でしょうか?」


「な、何ですと!?」

 テュルパンの提案にランスは目を丸くする。


「ローランは一人で三十体以上のゴーレムを倒すという功績を立て、オリヴィエもそれに匹敵する実力者。であれば、聖騎士(パラダン)を務めるだけの実力は充分にあるかと」


「し、しかし、奴隷上がりを神聖なる聖騎士(パラダン)の座に据えるなど前代未聞の事です!」

 ランスは意見を求めるべくパトリアルケータへと視線を向ける。


「良いのではないかしら。聖騎士(パラダン)にはちょうど空席もある事だしね」


「……」


「不満そうね、ランス祭司長」


「ふ、不満など。ただ、一つお聞かせ下さい。なぜ最高司祭猊下はあのような輩を贔屓になされるのですか? 今回の事も。彼等を騎士学院に入れた時もそうです」


「気になるの?」


「も、勿論です」


「……あの黒髪の子、ローランが王室の血を引いているからよ」


「「は?」」

 ランスとテュルパンは唖然とする。


 その様を見たパトリアルケータはクスリと笑う。

「ふふふ。冗談よ」


「え? あ、い、いや~猊下もお人が悪い! 革命で滅びた王室に生き残りがいるはずがありませんな! あはははッ!」


「あの子達を贔屓にしているわけではないわ。ただ実力を正当に評価した結果よ」


「猊下がそう言われるのでしたら、私に異存はありません。どうぞ御意のままに」

 そう言ってテュルパンは一礼する。


「わ、私めも猊下のご意向に異議などありませんぬ!」

 ランスもテュルパンに続いて頭を下げた。

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