戒厳令

 リュミエール奇襲作戦のために出撃した部隊が全滅した。

 その知らせを受けたブルターニュ国王アラン五世は、自分の耳を疑った。


「あれだけの大船団を用意したというのに一隻も戻らないなど。そんな馬鹿な話があるか!」


 アラン五世は駆け足で宮殿の最奥の部屋へと向かう。


 扉を閉じ、窓一つ無い部屋が真っ暗になると、アラン五世はその場で跪く。

 その瞬間、彼の前の床に青白い魔法陣が浮かび上がる。

 魔法陣が更に白く発光し、黒い法服に身を包み、フードで顔を隠した男性の姿が映し出された。


「法皇陛下、残念ながら作戦は成功とは言い難い結果に終わりました……」


「今回の犠牲は手痛かったが、得難い成果を得たのも事実。今はそれで良しとせよ」


「しかし、現状の戦力でこのまま戦争を続けるのは難しいかと」


「案ずるな。この戦いの終わりは既に見えておる。直にこの大陸は余の思い描く通りの形へと姿を変えるだろう」

 そう言ってフードの男は不敵に笑うのだった。



 ◆◇◆◇◆



 リュミエールが奇襲を受けてから一週間。

 リュミエールの町はそのほとんどが廃墟と化すという甚大な被害を被った。

 特に酷いのは、魔導飛行船同士が砲火を交えた首都南部のスラム街である。


 撃ち落されて墜落した魔導飛行船の下敷きになって多くの家々が踏み潰され、多くの住民がその命を落とした。


 かつてローランが奴隷として過ごしたバスク一味も魔導飛行船の墜落に巻き込まれて既にこの世にはいなかった。


 ローランとオリヴィエは町の復興と負傷者の手当てを支援するために教会騎士団から派遣されてスラム街を訪れた。


 奇襲から一週間が経過した今でも、スラム街はまだついさっきまで戦闘が行われていたかのように戦場の傷跡が新鮮さを保っている。

 なぜなら、これまで救助の手は、ほぼ全てが貴族達が一般市民が居住している城壁の内側に集中しており、城壁の外のスラム街には未だに大した救助が行われていなかった。

 そのため、救助さえ間に合えば助かった命の多くが失われ、荒んでいたスラム街はより一層酷いものになった。


「……」

 決して良い思い出のある場所ではない故郷の一つ。

 それでも、ここまで無残な光景になると、やはり胸が痛むのだなとローランは他人事のように感じていた。


「大丈夫かい、ローラン?」


「ああ。問題ないよ。……さ! 速く行こうぜ。もたもたしてると、ブラダマンテさんに怒られるぞ」


「う、うん……」


「そういえば、今日は公安委員会から大事な発表があるって話だったな」


「うん。そうだね。拡声魔法まで使って国中に発表したい事があるって。一体、何なんだろうね?」


「どうせ。あの野郎の言い出す事だ。首都を燃やされた復讐戦を挑もうって国中を鼓舞するつもりなんだろ。く~。相変わらず気に入らない! 人の死を平気で政治利用しやがって!」

 勝手な予想から一人で怒り出すローラン。


 そんな親友をオリヴィエは、まあまあと宥める。

「落ち着いて。まだそうと決まったわけじゃないだろう」


「……そ、そりゃ、そうだけどよ。絶対そうだと思うんだけどな」


 それからローランとオリヴィエはブラダマンテと合流して、負傷者の治療に使う魔法薬を運んだり、動けない怪我人に肩を貸したり、更には瓦礫の撤去を手伝ったりもした。


 とても騎士の行う作業とは思えない事ばかりだが、教会騎士団の騎士は、騎士であると同時に創聖神ステラに仕える聖職者。

 人々を救うために働くのは当然だった。


 ローランとオリヴィエが重労働に勤しむ最中、先ほど二人の話題となった公安委員会のは発表が、拡声魔法を通してリュミエール中、そして国中に伝えられる。


『今、ヴェルサイユは窮地に立たされている! 首都リュミエールは灰燼に帰し、多くの罪も無い人々の命が敵の攻撃によって奪われた! この事態を未然に防げなかった事は、公安委員会委員長として責任の重さを強く痛感しているところ! もう二度と、このような悲劇を繰り返さないためにも、早期の戦争終結が必要なのです! よって私、ヴァレル・ド・ロベスピエールはここに戒厳令を発令する!』


「な! か、戒厳令だって!?」

 放送を聞いたローランは目を見開いた。


『全ての共和国行政機関及び共和国議会の権限は、我が公安委員会が掌握し、この国難を全力で廃する所存である!! 私は、そしてヴェルサイユ国防軍は総力を挙げて、反ヴェルサイユ同盟の根幹であるブルターニュ王国を陥落させる事を全市民に対して誓約しよう!』

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