昇格試験
ローランとオリヴィエが騎士見習いとなって五年が経過した。
ガリア大陸はヴェルサイユ共和国と反ヴェルサイユ同盟の二大勢力に分裂して大陸大戦という様相を様相を呈していた。
しかし、騎士見習いである二人はそんな事とはあまり縁が無く、厳しい修行の日々を過ごしている。
十八歳になったローランとオリヴィエは共に順調に実力を伸ばし、騎士見習いから騎士に上がるための昇格試験を今日、受ける事になった。
「この五年間の集大成です。遠慮は要りません。全力で掛かってきなさい」
そう涼し気な声で言うのは、金髪碧眼の
「はい! 分かりました!」
金髪の少年オリヴィエが元気よく返事をする。
「了解です! それじゃ遠慮なく行かせてもらいますよ!」
黒髪の少年ローランが悪戯っ子のような笑みを浮かべて言う。
騎士学院時代からローランとオリヴィエの世話役として何かと面倒を見てきたブラダマンテは騎士見習いとなった二人に勉強を教えたり、稽古を着けたりと良き師匠として接していた。
三人が共に木剣を構えた瞬間、無音のまま試合開始のベルが鳴る。
それが三人の身体に染みついた習慣だった。
まず最初に動いたのはローラン。
二人の実力を足しても、ブラダマンテの強さには届かない事を知る彼は、先制攻撃を仕掛けて攻撃の主導権を掴もうとしたのだ。
奴隷として生きるか死ぬかの環境下を、復讐心だけで生き抜いてきたローランの向上心は凄まじく、それは剣術において鋭い攻撃性という形で現れた。
「でやあああッ!」
ローランの凄まじい連続突きが炸裂する。剣術を学んでいない素人であれば、確実に急所を突いているであろう攻撃だった。
だが、その鋭い突きの全てをブラダマンテは的確に見定め、右手の木剣で弾き、身体を上手く動かして避ける。
「相変わらず雑念を微塵も感じない良い攻めです。しかし、直線的過ぎるのはローランの悪い癖ですよ」
戦いながらも、相手にアドバイスを掛けるのは師匠としてのブラダマンテの癖だった。
「分かってますよ。でも今回は……」
「僕がいますから!」
ブラダマンテがローランの対処に意識を向けている間に、オリヴィエがブラダマンテの背後へと回り込んだ。
二対一の利を存分に活かすには、前後からの挟み撃ちが効果的な戦法。
そう瞬時に考えたオリヴィエは即座に行動を起こした。
そのタイミングは絶妙であり、まるで事前に示し合わせたかのような見事な連携だった。
もはやブラダマンテに回避の暇は無い。
このまま彼女ではオリヴィエの振り下ろした木剣が彼女の後頭部に触れれば、ローランとオリヴィエの勝ち。
だが、悲しいかな。二人は承知していた。
この程度ではブラダマンテには勝てないという事を。
事実、ブラダマンテは背後を取られたというのに小さく笑みを浮かべている。
「
ブラダマンテは静かに落ち着いた口調で呪文を詠唱した。
その瞬間、凄まじい突風がブラダマンテの身体を中心に吹き荒れる。それは一瞬にして竜巻と化し、ローランとオリヴィエの身体とふわりと宙に浮かせて吹き飛ばした。
騎士の戦いは剣だけではない。
魔法を駆使する事もまた重要な戦術だった。
尤もこれはあくまでも試験なので、ブラダマンテも二人に怪我を負わせないようにと魔法の威力は半分程度にまで抑えるように気を付けながら行使しているが。
「「
ローランとオリヴィエはほぼ同時に呪文を詠唱した。
身体能力を強化する魔法を己に掛けた二人の身体は青白い光に包まれる。
そして吹き荒れる突風が止むのと同時に一気に地を蹴って間合いを詰めた。
お互いに相棒の位置を確認し合い、一人が正面を、もう一人が背後を取れる位置になるように気を遣いながら。
◆◇◆◇◆
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
「はぁ、はぁ、も、もう、流石に、苦しい……」
三時間にも渡って続いた試験に、既にローランとオリヴィエの体力は限界を迎えつつあった。
お互いに息は荒く、身体の節々は悲鳴を上げている。
「ふふふ。どうした? 二人掛かりだといつのに、もう終わりか?」
「う、嘘だろ。あれだけやって、息一つ乱さないなんて……」
「やっぱり本物の
これまで何度も稽古を重ねて、彼女の実力はある程度把握できているつもりでいたローランとオリヴィエは、共に己の考えの浅はかさを悔いた。
ブラダマンテがこれまでの稽古で手加減をしてくれていたのは承知していたが、まさかここまでとは予想外だった。
だが、ブラダマンテは一笑すると、木剣の構えを解いた。
「これだけ戦えれば上出来です。二人とも合格! 騎士への昇格を認めましょう!」
「「え?」」
「ほ、本当ですか?」
ローランは思わず確認をしてしまう。
「勿論ですよ。それとも、こんな場面で冗談を言うほど私の性格は悪いとローランは思っていたのですか?」
「い、いえ! そんな事はありません!」
「では、そういう事です。騎士への昇格おめでとう! ローラン、オリヴィエ」
「「やったーーー!!」」
二人は木剣を捨てて抱き締め合い、互いに自分の喜びを分かち合った。
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