公安委員会委員長ロベスピエール

 ヴェルサイユ共和国は貴族によって構成される共和国議会による議会政治体制が取られていた。


 そして議会が決定した政策を実行する行政機関“公安委員会”という組織が存在する。


 この公安委員会の長を務めているのはヴァレル・ド・ロベスピエール公爵。

 今年で二十七歳とまだ若いロベスピエールは、やや癖のある収まりの悪い金髪をした美男子である。

 旧王国時代から続く名家の出だが、王政への不満が高まると革命家へと転身。

 革命指導者と呼ばれるまでに至り、王政打倒に大きく貢献した人物だった。


 今では共和国の行政執行者として権勢を振るっている。


「先の大敗は共和国にとって危機であったが、同時に好機でもあるはずでした」

 そう語ったのは、レオン・ド・ジュスト伯爵。

 ロベスピエールの側近として活躍している人物であり、公安委員会副委員長の地位に就いている。

 非常に冷徹無比な人物で、ヴェルサイユ王室や王室派の公開処刑を強く推進した人物でもある事、そして今では社交界の貴公子と呼ばれる程の美貌の持ち主である事から“死の天使長アルカンジュ・ド・モール”の異名を持つ。


 ジュストの言葉に、ロベスピエールは一笑する。

「そうだな。だが実際には美味しいところは教会に全て持っていかれたと言えるだろうな」


 現在、このヴェルサイユ共和国には大きく分けて三つの派閥が存在する。

 一つはロベスピエールが率いる公安委員会派閥。

 王国時代からヴェルサイユは国力の低下が問題視されており、ロベスピエールはより強権的な政治体制を構築する事でこの国難を打開しようと考えていた。


 二つ目は共和国貴族が多数属する共和国議会派閥。

 革命時は団結して王室を打倒した諸侯だが、今では私利私欲に走り、国益を食い潰す存在と成り果てていた。

 それだけにロベスピエールの政策が自分達の権益を害する場合にのみ協力する対抗派閥という意味合いが強く、組織的な纏まりは弱い。


 三つ目は最高司祭パトリアルケータが率いる聖導教会派閥。

 革命時に革命軍の後ろ盾となった事から、共和国でも強い政治的影響力を持つ教会は、公安委員会としても議会としても無視できない存在だった。


「先の大遠征を主導した議会の権威が敗北によって失墜すれば、公爵閣下の利に働き、この事態を閣下が収拾させられればなお都合が良い。とも考えましたが、諸侯も存外やりますね」


「追い詰められて窮鼠と化したのだろう。まあ、そのくらいはやってもらわねば、この国はとっくに滅びているさ」


「ふふ。まったくですね。しかし、何よりも予想外だったのは戦功第一とされたのが騎士学院の生徒であるという点です。あれで今回の手柄は全て教会が独り占めとなってしまいました」


「仕方があるまい。他にこれという武功を立てた者がいなかったのだ。それに奴等は最高司祭猊下の肝入りだ。無下にもできん」


「……ですが、せっかく議会の権威が弱まって公爵閣下が勢力を広げる好機でしたのに」


「いつまでもぼやくな。共和国の役に立つ人材が発掘できたと思えば我等にとっても有益な話であろう」


 かつて諸侯を纏め上げて王国を滅ぼし、共和国を建国したロベスピエールにとって共和国は我が子も同然だった。

 その共和国にとって好都合な話であれば、たとえ相手派閥の利であっても良しとする。彼はそう考えていたのだ。

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