小さな英雄

「はぁ、はぁ、はぁ。どうやら、さっきので、最後らしいな」


「はぁ、はぁ、う、うん。そうだね」


 ローランとオリヴィエは共に地面の上に大の字になって倒れている。

 体力を限界まで使い果たし、もはや動く事もままならなかった。

 これまでに二人が倒した敵は十五名。


 いくら騎士学院の生徒とはいえ、本物の騎士を相手に殺し合いをした直後ともなれば草臥れて当然だ。


 しかしそれでも二人はまだ落ち着いている方だった。

 少しすると、もうしばらく休んだら、生存者を探して撤退しようと冷静に話し合う事もできていたほどだ。


 ローランは三年間、奴隷として生きるか死ぬかの過酷な環境下で生きていた。その事がローランの精神を鍛え上げて、死への恐怖心を薄れさせていたのだ。


 そしてオリヴィエも三年に渡る剣闘士としての日々で命懸けの殺し合いの経験を積んでいた事が今回は功を奏する事となった。



 ◆◇◆◇◆



 最前線で戦うヴェルサイユ軍は多大なる犠牲を払いながらも、何とか戦線を押し戻す事に成功した。

 その立役者となったのは意外にもローランとオリヴィエだった。


 二人が倒した斥候部隊は、ブルターニュ軍の奇襲部隊の斥候だったらしく、ブルターニュ軍は斥候を全滅させられた事で奇襲部隊の進撃が困難だと判断し、作戦の立て直しを余儀なくされた。


 その一連の事実をヴェルサイユ側が知ったのは戦線が落ち着いてしばらく経った頃だった。

 騎士学院を擁する聖導教会がそれを知ると、教会の権威と国民の士気の鼓舞を狙って、ローランとオリヴィエの功績をクローズアップして大々的に宣伝した。


 それは次第に尾ひれが付いていき、最終的には、

「まだ学生でしかない二人の少年がブルターニュの奇襲部隊を撤退に追い込んだ」

 とまったくのデタラメではないが、誤解を招きかねない表現まで平気で用いていた。


 ローランとオリヴィエは気付けば、戦勝パレードの主役まで務める始末であり、戦時下とはとても思えないほどのパーティ三昧な日々をしばらくは送るのだった。


 美味しい食事をたくさん食べられてローランは幸せそうにするが、オリヴィエは慣れない状況に戸惑ってばかりだ。


 そんなオリヴィエに対して、彼等の面倒を以前から見ていた聖騎士パラダンブラダマンテ・ド・ヴァリエールは「英雄の特権だ。何も考えずに楽しむ事です」と助言した。


「私も人里にやってきて暴れていたドラゴンを退治した時に似たような事がありましたが、先輩騎士からそう言われたものです。終わってみればあっという間に思えるものですから」


「そういうものですか……」


「そういうものだよ。オリヴィエはもっと肩の力を抜いた方が良いと思うぜ」

 ローランは陽気に笑いながら言う。


「ローランは抜き過ぎだと思うけどね」


 いつもの軽口の言い合いを始めるローランとオリヴィエを見て、ブラダマンテは小さく笑う。

「ふふふ。そういえば、二人に吉報があるぞ」


「お! また美味いものが食えるんですか!?」

“吉報”と聞いた瞬間、ローランの脳裏は御馳走で埋め尽くされる。


「まったくローランは。食べる事しか頭に無いのかい?」

 オリヴィエは呆れた様子で溜息を吐きながら言う。


「だ、だって。吉報って言うからよ」

 頬を赤くして恥ずかしそうにするローラン。


「残念ながら吉報は食事とは無関係だ。……ローラン、オリヴィエ、最高司祭猊下よりあなた達を騎士見習いとして教会騎士団に迎え入れるとの御聖断が下りました」


「え?」


「ほ、本当ですか!?」


「勿論ですよ。おめでとうございます。二人なら必ず教会騎士団に入団できると思っていましたよ」


「ありがとうございます! これからもご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」


「宜しくお願いします!」


 オリヴィエが頭を下げて言うと、続いてローランも同じように頭を下げた。

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