師弟

 ローランとオリヴィエが聖堂立騎士学院に入学して三年の月日が流れた。

 二人は初等部から中等部へと上がっていた。


 中等部の生徒は、高等部の生徒と師弟関係を結んで高等部の生徒から教えを受けるという事が授業の一環として行われている。

 一日の講義は、午後三時までには終わり、それからはそれぞれの師匠の下へ赴いて個人指導という流れになっていた。


 そしてローランは今日も師匠に当たる高等部一年フロリマール・ド・ブランディから剣術の指導を受けていた。


「試合と言っても手は抜きませんよ、フロリ先輩!」


「勿論だ。遠慮なく掛かって来い」

 そう涼し気な声で言うのは、茶色の長い髪をポニーテールにして纏めた女性だった。

 その綺麗な髪は腰近くまで流れ、白いリボンで縛っている。

 顔立ちは騎士らしい凛々しさと貴族令嬢らしい優雅さが見事に融合した美貌。青色の瞳は広い大海を思わせる。


 武門の家系ブランディ子爵家の令嬢で、赤子の頃から剣を玩具にして過ごし、物心ついた頃から修練を積んできた。


 その努力は順調に実を結び、今では高等部一年生ながら最上級生の三年生にも匹敵する実力者として学院では有名だった。

 この事実だけで、既に教会騎士団への入団は確約されていると言っても過言では無いだろう。


「それじゃお言葉に甘えて遠慮なく行かせてもらいますよ、先輩!!」

 黒髪の少年ローランが悪戯っ子のような笑みを浮かべて言う。


 まず最初に動いたのはローランだった。

 ローランは素早い動きで一気に間合いを詰めて、手にしている訓練用の木剣で鋭い斬撃を繰り出す。


 しかし、その動きを見切っているフロリマールは、その一撃を容易く右手の木剣で受け止める。

 そして的確な剣捌きでローランの木剣を弾いて反撃に出た。


 素早く的確な剣技を披露するフロリマールに対して、ローランはまるで食らいつく狼のように力強い剣捌きで応戦する。


 ローランの剣術は、その生き様を表しているようだと常々フロリマールは説いていた。

 それはローランの大きな強みでもあるが、同時に欠点にもなり得るので注意するように、という忠告を添えて。


 ローランの剣技は、奴隷という強く抑圧された環境の中で育まれてきた、激しい向上心と生への執着が原動力になっている。

 そうフロリマールは見ている。


 それだけに、ローランの剣技は純粋な剣術の腕前だけでは計れない強さを秘めていた。

 絶対に勝つという強い意志から繰り出される一撃一撃は、フロリマールでさえも侮れない威力を持っていたのだ。

 一瞬でも気を抜けば、剣どころか魂すらも刈り取られてしまいそうになるような気迫を放っている。


「相変わらずすごい迫力だな」


「フロリ先輩こそいつもながら隙の無い剣捌きですね」


 時折、お互いに軽口を言い合うが、そのほとんどは心の声がつい口から零れたものだった。


 ローランの獲物を追う猛獣のような激しい剣技とフロリマールの洗練された美しい剣技という、正反対の剣技同士が織り成す剣戟は、見る者を魅了する剣舞のようである。

 しかし、その剣舞の終わりは一瞬だった。


 フロリマールの木剣がローランの木剣を弾いた瞬間、あまりの威力にローランは思わずを放してしまったのだ。


「ふふ。私の勝ちだな」

 それは師匠が弟子に向けるものというよりは、戦友に向ける笑みだった。


「くそ~。また負けた~」


「ローランの剣は気迫が凄まじいが、直線的過ぎるんだ。もう少し搦手から攻める事も覚えなくてはな」


「うぅ。努力します」


「だが、ローランの剣術もだいぶ様になってきたな。出会ったばかりの頃は、騎士というより獣のような戦いぶりだったが」


「け、獣は言い過ぎじゃないですか、先輩」


「いやいや。今でも時々できるぞ。ローランの獣っぽさは」


「獣っぽさって何ですか?」


「それは、あれだ。荒々しいというか。猪突猛進気味というか。何も考えずに一心不乱というか」


「……先輩、それで馬鹿にしてません?」


「え? してないぞ。褒めてるんだ」


「褒められてる気がまったくしないんですけど……」

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