期末試験

 放課後、ローランとオリヴィエの姿は図書室にあった。


 もうじきある期末試験に向けて試験勉強をしていたのだ。

 この時期になると、彼等と同じように図書室で試験勉強をする生徒も少なからず現れるのだが、時間ももう遅く、ローランとオリヴィエ以外は全員、既に帰宅していた。

 おかげで広い図書室を二人だけで占有できた。


「な、なあ、オリヴィエ、そろそろ寮に戻らないか?」


 多くの貴族の子弟は、自宅から学院に通っているが、遠方の領地から首都にやってきた生徒用に学生寮が存在する。

 身寄りの無いローランとオリヴィエも今はこの学生寮で暮らし、学院に通っていた。


「何を言ってるのさ。門限までにはまだ時間があるよ」


「んん。そうだけどさ」


 図書室での試験勉強はオリヴィエの提案だった。

 未だに二人を奴隷上がりと嫌がらせをしてくる連中は多い。


 ここで良い成績を残せば、少しは嫌がらせの抑止になるだろうと考えたのだ。

 自分が嫌がらせを受けるのは良いが、ローランが辛い目に会うのは我慢できないオリヴィエの意欲は凄まじく、ここ最近は毎日、門限ギリギリまで図書館に籠っていた。


「勉強は寮に戻ってもできるだろ」


「ダーメ! 寮に戻ったら、ローランは必ずぐうたらするでしょ。図書室なら集中して勉強に打ち込めるんだから!」


「うぅ。この優等生め」

 尤もローランはあまり乗り気ではなく、内心では早く寮に戻って夕食を食べたいと考えていた。


「だいたいローランは昔からそうだよ。頭良いんだから、真面目に勉強すればすごいところまで行けるのにめんどくさがって。宝の持ち腐れってのはローランのためにある言葉だね」


「うぅ。オリヴィエ、いつになく棘のある言葉。俺は悲しくて泣きそうだよ」


「これもローランのためなんだからね」


「……ああ、もう! 分かったよ! こうなったら、とことんやってやるよ!」


「うんうん! そうでないとね!」



 ◆◇◆◇◆



 そして期末試験が実施され、その結果が発表されるこの日。

 ちょっとした騒ぎが学院内で起きる事になった。


 騎士学院においては、試験結果は講堂に張り出されるのが常だった。

 ほとんどの生徒は順位と名前のみの公表となるが、成績上位者は点数まで掲示される決まりとなっている。


 その成績上位者にローランの名前があったのだ。

 しかも学年一位という好成績で。


 講堂の掲示板の前に集まっている生徒達は困惑し、それはやがて激しい憎悪へと変わる。


「何であんな奴隷上がりが一位なんだ!」


「ありえない!」


「きっとあいつ等を入学させた最高司祭猊下の面子を潰さないようにインチキしたに違いない!」


「まったく卑怯な奴だ!」


 勝手な憶測が、当の本人のいないところで広がろうとしていた。

 姓すら無い奴隷上がりの孤児に負けた事が許せない貴族出身の生徒達は、怒りを吐き出すように妄想をどんどん膨らませる。


「止めなさい! みっともない」

 そう叫んだのはルイズ・ド・ヴァンティミール。

 因みに彼女の順位はローランに次いで学年二位だった。


「しかし、ルイズ様! 我々貴族がこんな奴隷上がりに負けるなど、ありえない事です!」


「あら。私も少しですけど、彼には学友して助力した身ですわよ。この私の教え方が悪かったとでも言うのかしら?」


「い、いえ、そ、そういうわけでは……」


「ですがルイズ様。如何にルイズ様の教え方が神懸かり的だったとしても、奴隷上がりがいきなり一位というのは不自然ではありませんか?」


「そうです! やはり何らかの不正があったと考えるのが自然でしょう!」


「それはオリヴィエの順位を見てから言いなさい」


 ルイズがそう言うと、皆の視線は一斉に掲示板の紙に集まり、必死になってオリヴィエの名前を探す。

 ローランが一位なのだから、さぞオリヴィエも高位にランクインにしているに違いない。

 そう思って上から順に探すもいっこうにオリヴィエの名前は見つからない。


「あ、あったぞ!」


 オリヴィエの順位はワースト四位。

 因みに下位五名は補習を受けねばならないという決まりがあるので、必然的におちこぼれの烙印を押されてしまう。

 オリヴィエはそんな所に身を置いていたのだ。


 そしてこれは、ローランが最高司祭絡みで贔屓にされたわけではないという何よりの証拠となる。

 なぜなら、ローランだけ厚遇されて、オリヴィエが冷遇される道理が無かったからだ。


 これに対して反論できるものは誰もおらず、憶測による実害がローランを襲う前に事態は終息するのだった。

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