亡国の王子

 腰にボロ布を一枚纏っただけの半裸姿をした奴隷少年ローランは、高い木の枝から伸びるロープで両手首を縛られて、足が地面に着かなくなるまで引き上げられて宙吊りにされていた。


 まだ幼い小さな身体でも、その体重が全て両手首に重くのし掛かる。


 ローランが苦痛で顔をしかめると、バスクとその子分達は楽しそうに笑っていた。


「よぉ、ローラン。随分と苦しそうじゃねえの!!」

 子分の一人がそう言いながら、ローランの露わになっているお腹に拳が炸裂する。


「うぐッ!」


「おらおら! ちゃんと泣き叫んでくれねえと虐め甲斐がねえだろうが!」

 二発目の拳が今度はローランの胸にたたき込まれた。


「がはッ!」

 凄まじい衝撃が肺を襲ってローランは一瞬、呼吸困難に陥る。


「おい一人で遊ぶなよ。次は俺の番だ」


 ローランはバスクとその子分達によって殴られ蹴られ、散々嬲り者にされた。

 それはローランには何の責任も罪も無い、ただの理不尽な暴力そのものだった。


 ローランは時折、こうして吊され、暴力を振るわれていた。

 人権を剥奪された奴隷は、主人さえ許せば、命を奪ったとしても罪にはならない。

 それを良いことに、彼等は鬱憤が溜まるとローランをサンドバックにしてストレスを発散しているのだ。


 「くぅ……うぐッ」

 何発も殴られたローランは、口からうめき声を漏らす。

 しかし、決して弱音は吐かなかった。つい心が折れそうになると、唇を歯で噛み締めて口を閉じる。


 ローランはこれまでの経験で知っていたのだ。

 暴力に酔っている人間にとって、叫び声や弱音は心地よく聞こえるものなのだと。

 だからローランは、火に油を注がないようにするためにも決して声を出さないようにと己を叱咤していた。


 そんな中、ローランの主人であるバスクが棍棒を手に取ってローランの腹を思いっきり叩いた。


 素手から繰り出される拳を、数段上回る衝撃と痛みがローランを襲う。


「がはッ!」


 耐えきれずに固く閉じていたはずの口が開いてしまう。


「そうそう。お前はそうやって俺達の気が済むまで小鳥みたいに鳴いてれば良いんだよ!」



 ◆◇◆◇◆



 ローランを散々痛めつけて楽しんだバスク等は、明日の仕事に備えて休むために家の中へと戻っていた。

 木に宙吊りにしたローランをそのままに。


「……うぅ」

 時々吹く夜風が傷口を突く。


 全身から伝わる痛みに、ローランの頭の中は処理が追いつかなかった。

 もうどこが痛いのか、どこか痛くないのか、感覚が完全に麻痺してしまっている。


 憔悴しょうすいしきったローランは、今すぐにでも床で眠りたいと思うも、今はそれすら叶わなかった。


「……負けねぇ。俺は、負けねぇぞ」


 ローランは薄れゆく意識の中ではっきりとイメージしていた。

 ある男の顔を。


「ヴァレル・ド・ロベスピエール。お前を殺すまで俺は……」


 その時、ローランの意識は途切れる。



 ◆◇◆◇◆



 少年は空を見上げていた。

 いつもなら澄んだ青空が見えるはずのそこには、鯨が舞っている。

 人の手で作られた魔導飛行船。少年はそれを空飛ぶ鯨だと本気で信じていた時期があった。

 かつてはその魔導飛行船に乗って空から都を眺めるのが好きだった少年だが、今ではその飛行船には恐怖すら感じている。

 なぜなら、飛行船からは火炎魔法の砲撃が打ち出されて、魔導爆弾が投下されていたからだ。


 それは革命の日。

 少年はその日をリュミエールの王城の中で迎えていた。


「殿下! ローラン殿下! ここは危険です! どうぞこちらへ!」


 機能性よりも儀礼を優先した煌びやかな軍装の近衛兵が駆け足で黒髪の少年に近付く。

 近衛兵と言っても、それはローランと同じくらいの幼い少年だったが。


 金髪の少年近衛兵は、ローランの手を取ると急いで宮殿の地下へと向かう。


「一体、どこへ向かう気だ!? もう王城の周りは革命軍に囲まれてるんだろ!?」


「大丈夫です! 王城の地下には秘密の通路があると父上が話していましたので、殿下はそこを通ってお逃げ下さい!」


「殿下は、ってお前はどうするんだ?」


「僕は殿下の騎士です。最後の瞬間まで殿下の敵と戦います」


「ダメだ! お前も一緒に来るんだ! だって、お前は俺の――」

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