金髪の少年剣闘士

 グラトル闘技場アレーヌ・ド・グラトル

 ヴェルサイユ共和国最大の円形闘技場であるここでは、剣闘士けんとうしによる殺し合いが見世物として観客に披露されていた。


 剣闘士は自ら志願してなる者もいるが、全体の九割は奴隷や戦争捕虜である。

 グラトル闘技場アレーヌ・ド・グラトルの中央にあるアリーナという白い砂の上の空間にて、彼等は来る日も来る日も観客の娯楽として殺し合いに興じさせられ、時には猛獣と戦ったりする事もあった。


 剣と剣がぶつかり合い、肉が裂け、アリーナが血潮で染まる。

 その光景に数万の観客は熱狂し、歓声を上げたのだ。

 この剣闘士競技が流行しているヴェルサイユでは、この様が日常茶飯事だった。


 数万人規模の歓声が飛び交う中、その真下にある地下牢。

 地下牢へと続く薄暗い階段を兵士が降りていく。

 兵士が向かった一番奥にある牢獄。他の牢よりも一際頑丈に作られている鉄格子の奥にいたのは、この薄暗い地下牢でも輝きを発しそうな美しい金髪を持つ幼い少年だった。

 首には冷たい首輪が嵌められ、両手は手枷で思うように動かせない。

 両足にも足枷が嵌められている。しかも、両足に一つずつ鉄球付きだ。どちらも少年の体重より重いのではと思えるぐらいの大きさはある。


 衣服は何年も着続けているのか、サイズが既に合わなくなっている。しかもボロボロで服というよりただの布切れだ。

 まるで少女のような可愛らしい顔立ちをしているが、その姿はあまりにも痛々しい。


 少年は地べたに寝そべって目を閉じていた。一見死んでいるのではと思ってしまう者も出かねないぐらい、彼は微動だにしない。


「おい! もうすぐお前の出番だぞ」

 迎えに来た兵士が牢の鍵を開けて少年を起こすも、彼がそれに反応することはない。


「ったく、いつもいつも面倒掛けさせやがって! もう時間がねえんだよ! 起きないお前が悪いんだからな!」

 右手に握っている鞭を振るおうとする。


 その瞬間、閉じた瞼が開いて蒼い澄んだ瞳が露わになる。

 すると少年が、ゆっくりと起き上がった。

「……」


「ひぃッ」

 兵士は殺気のようなものを感じて、思わず声を漏らしてしまった。

「じ、時間だ。さっさと上へ向かえ」

 脅えながらも兵士は自分の仕事を遂行する。


 少年は一言も言葉を発しないものの、兵士の言う通りに牢から出て、地上へと続く階段に向かう。

 一歩一歩と歩く度に鎖が音を立て、両足の鉄球が鈍い音と共に地面を引きずられていく。


 地上へと上がり、アリーナの中へと入った少年は、数日ぶりに浴びる太陽の光に目がすぐに慣れずに目を背ける。

 少年の姿が現れたのと同時に、闘技場の中を進行役の男の声が鳴り響く。

「さあ! 今姿を見せし少年は、わずか十歳にして、これまで負け無しの連勝記録更新中! 憎き王家に仕えた騎士の子オリヴィエ!! そして、そんなオリヴィエに正義の鉄槌を下すのは――」


 少年とは反対側の入場口から現れたのは、大きな身体に大きな牙を備えた虎だった。


「現在挑戦者六人をその牙で食い殺した魔物! サーベルタイガーでございます!」

 ベルセリアを一瞬にして食い殺してしまいそうなサーベルタイガー。

 しかし、こんな状況でもオリヴィエは一切表情を変えず、観客達もそれを当然のように見ている。

 まだ幼い少年が幾つもの拘束具で動きを制限された状態で、こんな猛獣を相手にするなど、これはもはや公開処刑でしかない。

 だが観客達にとってはそれもまた、この剣闘士競技の醍醐味なのだ。


 サーベルタイガーは、今回の獲物をオリヴィエだと理解すると、鋭い眼差しで睨み付け彼にゆっくりと近付く。

 そして一瞬にしてサーベルタイガーが一気にオリヴィエとの距離を縮め、そのまま彼の頭を噛み砕こうと口を大きく開ける。


 だが次の瞬間、オリヴィエはその小さな手を握りしめて拳を作り、襲い来るサーベルタイガーの脳天を殴りつけた。


 その凄まじい衝撃に、サーベルタイガーは顎から地面に叩き付けられて一撃で気絶してしまう。


 呆気ない幕引きに、観客は唖然としてしまい、数万人が集まっている闘技場が静まり返る。

 このままではマズい、と進行役が場を盛り上げようと声を上げた。

「これは凄い! 悪魔の末裔オリヴィエは手を一切下すことなく勝利を我が物としてしまったー!」


 進行役が会場を盛り上げようと必死になる中、オリヴィエは来た道を戻って自分の牢獄へと帰る。

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