出会い

 グラトル闘技場アレーヌ・ド・グラトルでは今日、共和政府を率いる公安委員会委員長ロベスピエール公爵が主催する闘技大会が行われる日だった。

 もうじき始まる北方のベルギア王国への大遠征に控えて、優秀な戦士を集めて選別するため。また民衆に娯楽を提供して民心を掴むため。


 ローランは主人のバスクに連れられて闘技場に来ていた。

 闘技大会の前哨戦で必要な獣の餌として売られるために。


 先日、ローランは仕事で大きな失敗をした。

 そのためにバスク一味は多額の損失を抱えてしまったのだ。

 そんな中、今回の闘技大会で主催者側が大勢の奴隷を集めており、高額で買い取るという話を聞き付けて売り飛ばされる事になってしまったわけだ。


「ご主人様、お願いします! 俺、何でもしますから! 飯だって無しでも良いです! だから許してください!」


 首輪に手枷で繋がれて逃げる事もできないローランは泣き叫びながら懇願する。


 回りにはローランと同じく必死に主人に慈悲を乞う奴隷達の姿があった。

 その多くは生活に困った主人によって売り払われようとしていた奴隷だった。


「黙れ。お前はもう必要ない。じゃあな」


「待って下さい!」


「こら、逃げるな! お前はもう闘技会本部の所有物なんだよ」


「そ、そんな……」


 闘技会の奴隷は基本的に使い捨て。

 逃げ惑う奴隷が猛獣に食われる様を楽しむ観客のためにその命を散らすのだ。

 つまり、ローランの命は今日ここで終わるという事。


「俺は、ここで終わる、のか……」

 ローランは悔しさのあまり涙を流す。


「おら。さっさと歩け!」


 首輪の鎖を引っ張られて、ローランは闘技場の中の牢へと押し込まれる。

 もう、ここで死ぬんだ。そう自覚した時、ローランはただ己の無力さに涙した。



 ◆◇◆◇◆



 ローランは他のまだ幼い奴隷十名程と共に闘技場のアリーナへと連れて来られた。

 アリーナを包む観客席からは、これから始まる惨状に熱狂する数万の観客達が歓声を上げている。


 その歓声は奴隷達にとっては恐怖心を煽る獣の雄叫びに聞こえてならなかった。

 しかし彼等はすぐに本物の猛獣をその目にすることになる。


 ローラン達が入った扉とは反対側の扉が開いて、その奥から象のような大きさをした、銀色の毛で覆われた狼が姿を現した。


 それは北方の山奥に生息する銀狼フェンリルという大型の狼のような魔物だった。

 魔物の中では最高峰の実力を誇る種で、殺戮性能だけなら世界最強の生物と言われるドラゴンにも匹敵する。

 今はまだ四方から伸びる鎖を百人の兵士達に引っ張られて自由に動けずにいるが、その強さは有名で、森で遭遇すれば共和国軍の一個軍団は軽く食い尽くすだろう。


 奴隷の、それも手足のか細い子供達でどうこうできる相手ではない。

 当然、皆もそれを本能的に察しており、戦うどころか足が竦んで泣き喚くばかりだった。

 ローランも目から涙を零す。


 しかし、ローランは見た。

 これから死ぬというのに、まったく怯えた様子が無い金髪の少年。

 それは違和感すら覚える光景だった。皆が泣き喚く中で、ただ一人整然としているのだから。


 しかし、それだけではない。

 金髪の少年を見て、ローランは違和感だけでなく、それとは別の感覚も感じていた。


「おい、お前」


「え? ……ッ!」


 気付けばローランは声を掛けていた。

 金髪の少年は、急に呼ばれて最初はキョトンッとした反応をするも、ローランの顔を見た途端、目を見開く。


「俺に手を貸せ。俺達であの怪物をやっつけるぞ」


「……本気、ですか?」


「勿論さ! 一人じゃ無理でも、二人なら何とかなる!」


「どうして、そう思えるの?」


「そう思ったからさ!」


「……分かった。僕も協力するよ」


「助かる。……俺は、その、ローランだ」


「……オリヴィエ、です」


 挨拶を交わす二人のやり取りは、死への恐怖もあるからなのか、妙にぎこちない。


 怯える子供達の中でローランとオリヴィエだけが一歩前へと踏み出した。


 それと同時に、銀狼フェンリルの動きを封じていた鎖が解き放たれる。鎖を引っ張っていた兵士達はアリーナから退散した。

 自由になった銀狼フェンリルは、アリーナの砂上を駆けて、真っ先のローラン目掛けて突進する。

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