第7話 決断


 三階の一室を私の部屋として使わせてもらっている。同じ三階にミーアとユンナーの部屋も用意された。


 屋敷の使用人が食事へ呼びに来たけど、私は断った。

 今は食欲がない。


 色々なことがあり過ぎた。

 エストー村が失くなって、皆もいなくなった。悲しいはずなのに、実感がなくて、涙は出ない。冷たい自分に腹が立つ。


 父様に邪法の傷があった。

 カルシュタイン侯爵からは交換条件を出された。父様を治すために、カルシュタイン侯爵の養女になれって。

 養女になったら、私は父様と母様の子どもじゃなくなる。

 そんなの嫌だ。でも……


 ドアがコンコンと鳴る。

 また誰かが呼びに来たみたい。

 私は無視をする。でも、またコンコンと鳴った。

 うるさいなと思って、布団を被る。


 バン!!


 と大きな音がして、ドアが破壊された。


 ミーアの怒鳴り声が響く。


「無視をするなですわ!」

「ミーア……」

「何を暗い顔をしていますの。ご飯も食べないで」


 破壊したドアを魔法で直して、ミーアは私の側に来た。


 眉間に皺が寄っている。

 ミーアが怒っている。


「何を言われたかは分かりませんが、ウジウジしているなんて、アリスらしくないですわ」


 何も知らないくせに……

 苛々した。

 私は大声で言い返す。


「父様を治すために、養女になれって言われたの!」

「…… 詳しく話すのですわ」


 カルシュタイン侯爵との会話の内容をミーアに話した。


「なるほど…… アリスのお父様が……」

「だから、悩んでるの」

「アリス、あなたは馬鹿ですか? 悩む必要が何処にありますの?」

「馬鹿!? 悩むに決まってるよ!!」


 ミーアは何を言い出すの?

 父様と母様が親じゃなくなるんだよ。


「養女にならなければ、お父様を助けないと言われたのでしょう? でしたら、養女になれば良いのです。悩む理由が全く分かりませんわ」

「そんなことしたら、父様と母様が私の親じゃなくなるんだよ。私は嫌よ!!」


 ミーアに顔を両手で優しく挟まれた。

 そして、ミーアは私を見つめて言う。


「良いですか? 養女になれば、あなたのお父様とお母様との絆は消えるのですか? 養女になれば、親子の関係も消えるのですか? 何か決まりが無いと、家族にはなれないのですか?」

「…… そんなことはないと思う」

「アリス、あなたが教えてくれたことですよ。絆さえあれば、家族になれると。わたくしはアリスを姉妹のように思っていますよ。レオーネ様もアリスのことを娘のように思っていたはずですわ」

「うん……」

「カルシュタイン侯爵も会わせないと言ってはないですよね。アリスの話を聞く分には、むしろ会っても良いと聞こえますよ。養女になっても、お父様とお母様に会いに行けば良いのです」


 ミーアの言う通りだ。

 カルシュタイン侯爵の養女になったからと言って、親子の縁が切れるわけじゃない。

 養女になれば、父様は治るかもしれないんだ。


「やっと笑顔になりましたわね」


 ミーアのお陰で目が覚めた。


「ミーア、ありがとう」

「妹を助けるのは姉の役目ですわ」


 実はミーアの方が姉なのかもしれない。いつも助けてもらっている。


「明日、お父様とお母様に会うのですわよ」

「うん」


 私は笑顔で頷いた。



 翌朝、私は父様の部屋に訪れた。


 部屋には父様だけで、母様はいない。


「あれ? 母様は?」

「セリカの勉強に付き合っている」

「勉強?」

「ああ。ペレアスがセリカのためにグヴェルナンテを雇ったんだ」

「グ、グヴェルナンテ?」

「貴族のための女家庭教師のことだよ」


 どうしてセリカに家庭教師を?

 まだ三歳だよ。


「アリス、何か用があったんじゃないのか?」


 そうだ、父様に言わないと……

 ゴクッと唾を飲み込む。

 目を伏せて、父様と視線を合わせないように言う。


「私、カルシュタイン侯爵の養女になる」


 私は目を伏せ続けた。

 父様の顔が見れない。

 怖い。父様はきっと悲しんでる。


 急に腕を引っ張られて、そのまま父様に抱き締められた。


「父様?」

「アリス、ごめんな。嫌な決断をさせて」

「ううん。そんなことない。でも、凄く悩んだから、ミーアに助けてもらったよ」

「そうか。ミーアちゃん、良い子だな。昨日な、ミーアちゃんが来てくれたんだよ」

「ミーアが? どうして?」

「俺の脚を治そうと魔法を掛けてくれたんだ。邪法の傷だから治らなかったけど、俺は嬉しかったよ」


 邪法の傷のことを私が話したから、父様を治そうとしてくれたんだ。

 ありがとう、ミーア。


「ミーアちゃんからはアリスの話を沢山聞いたよ」

「私の話!?」

「ああ。色んなことを聞いた。楽しそうに話してくれたぞ。それに、ミーアちゃんはマーガレットと仲良くなってた」


 やっぱり……

 ミーアと母様は馬が合う気がした。


「アリス、聞いてくれ」


 父様が真剣な顔になる。


「これからアリスはカルシュタイン侯爵の娘として生きることになる」

「うん。でも、父様と母様は私の父様と母様のままだよね?」


 顔が緩んで、父様は微笑む。


「もちろんだ。それは変わらないよ。俺はアリスの父親だし、マーガレットはアリスの母親だ。それは一生変わらない」


 それを聞いて、安心する。


 父様はもう一度真剣な顔に戻って、話を続ける。

 私は耳を傾けた。


「これからアリスは貴族になる。貴族の生活はアリスにとって、苦しいこともあるだろう。だけどな、カルシュタイン侯爵の娘という地位は、アリス自身を守ることに繋がるかもしれない」

「私を守るの?」

「ああ。お前はと特別だからな」


 私の前髪を父様が優しく触る。


 特別の話は前もしてくれた。

 きっと魔眼のこと。エルフと違って、人族が魔眼を開眼することは滅多にない。

 騎士になれば、それを利用する奴らが現れるかもって、父様が教えてくれた。


「アリス、騎士になりたい気持ちは今も変わらないか?」


 直ぐに答えることはできなかった。

 私の騎士になりたい理由……

 騎士になって皆を守ること。

 兄様や父様と同じエストー村の騎士になると思っていた。だけど、エストー村は……


「お前は強くなった。剣を交えなくても分かる。それに、魔眼もある。これから成長して、どんどん強くなるだろう。騎士になる気持ちがあるのなら、アリス、今から俺が言うことを覚えておいてくれ」


 父様は私の顔を見て言う。


「救えない命を救うために命を懸けるな。救えない命は沢山ある。自分の力には限界があるんだ。だから、自分の手が届く人たちを守るために戦え。もし、命を懸けて戦う時があるのなら、それは愛する者を守る時のみだ」


 父様の言葉に黙って頷いた。


 この言葉をきっと忘れることはない。

 私の騎士になりたい理由、皆を守る。その皆には家族も入ってる。でも、私の考える皆は家族だけじゃない。

 私の皆は、この目に映る全ての人たちだ。

 最初に思った時と変わらない。

 ――私は誰かの悲しむ姿を見たくないんだ。


 エストー村の皆を守れなかった。

 救えない命があると父様は言った。

 それでも、私は……


「私は騎士になる。私は私の力で守れる限りの全ての人を救いたい」


 父様は何も言わなかった。

 そして、私の頭を撫でる。父様の表情は色んな感情が渦巻いているように見えた。


「俺はアリスが騎士になるまで生き続けるよ。だから、騎士になった姿を見せてくれ」

「うん」


 父様と騎士になる約束を交わした。


 ――私はもう迷わない。



 その日の夜、カルシュタイン侯爵の元を訪れた。


「どうしたんだい? 約束の期限はまだだよ」

「あなたの養女になる」

「本当かい!?」

「でも、一つだけ条件があるの」

「条件かい? 元々、これは交換条件のはずだけど。良いよ、何かな?」

「あなたの養女になるけど、私は騎士になるわ」


 すると、カルシュタイン侯爵は考え込むように顎を触りながら言う。


「その話か…… 兄から聞いてるよ。君が騎士になりたいことも知っている。でも、君は女の子だ。騎士は貴族から叙勲を受ける必要がある。知っていると思うけど、貴族は男尊女卑の世界だ。騎士の世界も女性は差別される。カルシュタイン侯爵の娘だからと言って、特別視されることはないだろう。それでも、君は騎士になるのかい?」


 ハッキリと言う。


「私は自分の実力で騎士になるわ」


 カルシュタイン侯爵は私の言葉に目を開く。

 そして、顔を少し緩ませながら言う。


「そうか。騎士になるのは良い。だけど、君にそれだけの実力があるのかい? 周りを黙らせるだけの実力が。アリス、君の実力を僕に見せて欲しい」

「実力?」

「そうだよ。明日、僕の騎士エラードと力比べをしてみてくれ」


 エラードさんと……

 あの人は強いと思う。私の今の実力で勝てるかどうか……

 だけど、私は騎士になると約束した。

 カルシュタイン侯爵に認めさせる。


「絶対に勝つ!!」


 明日、エラードさんと戦うことが決まった。

















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