第31話 一人稽古と天元魔法
レオーネに支えられながら、ミーアが戻ってきた。戻ってくるまで、十日も掛かってしまった。
私は直ぐにミーアを抱き締めた。抱きついた感触で分かる。ミーアの体はとても痩せていた。
私のせいだ。ミーアが戻ってくれて嬉しいのに、胸がズキンと痛む。
「ミーア、良かった。本当に良かった。ごめん、ごめんね。私を助けるために」
もっと抱きついていたかったのに、ミーアが私の腕を剥がしてきた。
「怒りますわよ?」
「どうして? いきなり抱きついたのが悪かった?」
「違いますわ。アリス、あなたがわたくしに罪悪感を感じていることにです」
「だって、ミーアは私を助けるために……」
「あなたを助けるのは当然ですわ。あなたはわたくしの友だちですから。アリス、あなたはわたくしが大変な目に遭っていたら、助けないのですか?」
「ううん、そんなことない! 絶対に助けるよ」
「わたくしもアリスと同じですわ。だから、アリスが罪悪感を感じる必要はないのです。もし、わたくしに何かあったら、今度はアリスが助けて下さい」
「分かった! 必ず助ける!」
すると、レオーネが私とミーアの頭を優しく撫でた。
私は嬉しくなった。ミーアも顔を真っ赤にさせて、体を縮こまらせるほど嬉しくなっている。ミーアと視線が合って、私はミーアと笑い合った。
私はミーアが元気になってくれたことをとても喜んだ。
額から汗がポトッと落ちて、その汗が地面の染みになったのが見える。
どんどん汗が額から落ちて地面の染みは増えていく。
あの岩山で、私は一人で稽古をしていた。武術大会が終わるまで、一人で稽古をするようにとレオーネに言われた。
レオーネも武術大会まで稽古をするみたい。ゼルスさんたちがレオーネの相手をするって聞いた。私もレオーネと一緒に実践稽古をしたい。
手が震えてきた。
今、私は逆立ちをしている。しかも、ただの逆立ちじゃない。
私は両手で霊気を放出しながら、小石に霊気を当てて、手ではなく霊気で逆立ちをしている。
霊気放出の調整を間違うと、小石が壊れてしまって、痛い目に遭う。
「あ!」
霊気を大きくしてしまって、小石が砕けた。私はバランスを崩して、背中から地面に落ちた。
「イッ!」
受け身は取るけど、霊気放出に集中しすぎて、受け身への反応が遅れてしまう。
何度も失敗をしているから、背中が痣だらけ。
霊気放出だけなら直ぐにできた。レオーネもそれには目を大きくして驚いてくれた。
次にレオーネが指示した稽古は、小石の上に霊気で逆立ちを一時間し続けるだった。
今日はそれを百回ぐらい試したけど、最高で三十分しかできていない。お陰で、背中は傷だらけ。
レオーネが言っていたけど、この稽古は微細な霊気の調整をできるようにするためなんだって。
でも、今日は限界! 剣を振りたい!
父様からもらった剣を握る。
最近はレオーネがいないから、隠れて実剣で素振りをしている。
やっぱり木刀に比べて重たいから、重たさを感じないぐらいまで慣れておく必要があると自分で思った。
前みたいなことがいつあるか分からない……
剣を振るう。
シュッ、シュッ、シュッ、シュ!
剣速は速くなっている。霊気を体に取り込んでいないのに、綺麗な風切音が聞こえた。
木刀を握り始めた頃に比べると全然違う。
私、成長してる。
次は霊気を体に取り込む。集中し、霊気が全身に行き渡るのを感じる。
私は大きな岩の前に立った。
霊気の放出を行い、剣に霊気を纏わせる。
私は剣を振り下ろした。
岩が真っ二つに切断される。真っ二つにされた岩の先を見ると、地面に剣で切り裂かれたような真っ直ぐの傷があった。
レオーネの奥義、
レオーネは本気を出さずに、木刀で成功していた。私の場合は実剣、しかも、五十回に一回ぐらいしか成功できない。
悔しい。前より強くなったことは自分でも分かるけど、まだまだ弱い。
そう言えば、ルークはどうしてるかな?
私と同じように、霊気を使えるようになったのかな?
ルークがどれだけ強くなっているのか楽しみだけど、今度は私が勝ちたい。
ルークのことを考えたら、父様や母様、セリカのことも考えてしまって、寂しくなった。
私は寂しい気持ちを払い除けようと、首を何度も横に振って、顔をバチンと両手で叩いた。
私は剣を鞘に収めて、ギムト村へ戻った。
家に戻ると、ミーアが庭にいた。私の姿を見ると、急いで駆け寄ってくる。
「一人稽古なのに、どうしてこんなにも傷だらけなのですか? レオーネ様と一緒に稽古をする時よりも酷いですわ!」
「そうかな? 私はいつもと変わらないと思うけど……」
ミーアは溜め息をついて、私に魔法を使う。
『レクティオー』
怪我や服のボロボロな部分が一瞬で治った。
いつも使ってくれるけど、便利な魔法だなと思う。一言だけの詠唱なら私でも覚えれるから、使えるんじゃない?
「ねぇ、ミーア。その一言だけで詠唱する魔法を教えてよ。一言だけなら、私も覚えれるよ」
「教えれませんわ。これはアリスに使えない魔法なのです」
「どうして? 私、長い詠唱は覚えれないよ」
「当たり前のように覚えれないと言わないで下さい! 仕方ないので、この魔法について簡単に説明してあげますわ。その前に復習です。魔法が使える者と使えない者の差はなんですか?」
「
だから、私は魔法を使えるけど、レオーネは魔法を使えない。レオーネには妖精門がないから。
「そうですわ。魔法を時々使わないと、妖精門に魔力が溜まって、魔力爆発を起こしてしまいます。だから、アリスに魔法を使うようにしているのです」
「それぐらい分かってるよ」
「本当ですか? 魔法を使う気なんて全くないように、わたくしには見えますが」
「気のせいだよ。ハッハハハ……」
その通りです。長い詠唱なんて覚えれません。一人だけの戦いでは役に立たないと思うし。でも、短い詠唱ならとっても役に立つ気がする。
「まぁいいですわ。長い詠唱も確りと覚えてもらうつもりですから。話を戻しますが、この一言の詠唱は
「天元魔法? 魔法とどう違うの?」
「魔法は妖精の言葉で、天元魔法は神の言葉ですわ」
「神? 妖精神アルタニウスのこと?」
「違います。アルタニウス様も神ですが、天元魔法の神の言葉と言うのは、始まりの
首を傾げる。
私は神様のことをよく知らない。妖精神アルタニウスのこともレオーネに聞くまでは知らなかったぐらいだし。
でも、母様は神様によくお祈りをしていた。私、興味なかったから、何て名前の神様に祈っていたのか覚えていない。
「アリスが知らないのも無理はないです。創世神話に詳しい人は少ないですから。始まりの三柱というのは、時の神ウルネ様、命の神アーク様、世界の神ジグラ様ですわ。ちなみに、妖精神アルタニウス様はアーク様から産まれました」
「へー。それで、どうしたら天元魔法を使えるの?」
「本当に分かっているのですか? まぁいいです。天元魔法を使うには、三柱の概念を理解することですわ。現在、始まりの三柱は世界の概念として存在しています。三柱の概念を理解しない限り、アリスがいくら唱えても何も発動しませんわ」
世界の概念?
ミーアはまた意味の分からない言葉を言う。私にも分かるように言ってよ。
でも、本当に何も発動しないの?
唱えてみないと分からないよね。ルークを助ける時、使った魔法もきっと天元魔法だし……
『レクティオー』
あれ? 何も起きない。
それじゃあ、もう一度。
『レクティオー』
何も起きないから、私は不満な顔をして言う。
「ミーア、できないよ?」
「当たり前ですわ! わたくし、言いましたよね? 三柱の概念を理解しないといけないって」
「じゃあ、どうしたら理解できるの?」
「わたくしも三柱全ての概念を理解しているわけではありません。わたくしはファセに時の神ウルネ様の概念を教えてもらいましたわ」
「じゃあ、私にも教えてよ」
ミーアに頭を軽く叩かれる。
「痛いよ」
「当たり前です。三柱の概念を理解して、天元魔法を発動するのはとっても難しいことなのです。魔法の詠唱を覚えないで、全く魔法が使えないアリスにはとても教えられませんわ」
「えー」
「えー、じゃありません! さ、 魔法の稽古を始めますわよ。今日は厳しく致しますので!!」
ミーアはニコッと笑って言った。可愛い笑顔だと私は思ったのに、不思議と身震いをしてしまった。
魔法の稽古がとても厳しくて、私は泣いて降参した。あの笑顔の裏でとても怒っていたみたい。
ミーアを怒らしちゃいけないって、私は今日、身をもって知った。
数日が過ぎて、レオーネが
「アリス、私が王都に行っている間も稽古は怠るなよ。数日怠ると、戻すのに倍の期間が必要になるからな」
「サボらないよ。私がサボると思っているの?」
「それならいい」
今からレオーネがディニタスに向かって出発するから挨拶をしていた。
「ミーア、アリスのことを頼むな」
「勿論ですわ! レオーネ様、頑張って下さい」
「ああ」
私たちから離れて、村人たちと挨拶していく。
「ねぇ、エルフの人たちは武術大会のことをどうしてクオンナディアって言うの?」
ミーアに質問をした。
「特に理由はありませんが、クオンナディアはタースと同じでエルフの古代語ですわ。昔は国によって言語が分かれていましたから、アリスが知らない単語があるのです。それに、エルフは歴史を残しにくい種族ですから、昔を忘れないように古代語を日常でも使うのですわ」
「歴史を残しにくいって?」
「わたくしたちエルフは長生きですから。百年前の出来事でも、経験したと話すエルフは沢山いますわ。だから、いちいち歴史を残すみたいなことをしないんです。わたくしはアリスが死んだ後も数百年は生きるんですよ」
そう言ってから、ミーアは寂しそうな顔をした。
寂しい顔をミーアにして欲しくなくて、私は思いついたことを咄嗟に言う。
「大丈夫! 私が沢山子どもを産むよ」
「はい? 言っている意味が分からないのですが……」
「きっと私の子どももミーアと友だちになるよ! だから、寂しい顔をしないで」
ミーアはフッフッと声を漏らして笑う。
「アリスの子どもですか? それは楽しみですわね。でも、その前に素敵な殿方をアリスは見つけないといけませんわ。そのためには、もっと可愛らしい服を着るべきです!」
そんなことは言わないで。私は可愛い服が苦手なのに。
「アリス、ミーア」
村の人たちに挨拶を終えて、レオーネが私たちの元に戻ってきた。
「随分と楽しそうだな? どんな話をしていたんだ?」
私たちはさっきの会話をレオーネに話をする。
すると、レオーネは大きな声で笑った。
「アリスの子どもか? 私たちは長生きだからな。なら、私も見せてくれよ?」
「考えとく」
大きな声で笑われたことがちょっと嫌で、私は口を尖らせながら言った。
そんな私を見ながら、レオーネはまた笑って、私とミーアの頭を撫でる。
最近、レオーネに頭を撫でられることが多いなと思う。
「じゃあ、行ってくる」
レオーネは直ぐに背中を向けて歩き出した。私とミーアはその背中に向かって大きな声で言う。
「行ってらっしゃーい!!」
私たちはレオーネが見えなくなるまで、手を振り続けた。
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