第32話 穏やかな日常の後で


 四ヶ国武術大会クオンナディアでレオーネが優勝した知らせを昨日聞いた。

 今日は王都ディニタスのクレール城で優勝のお祝いが開かれるみたい。レオーネはそれに参加するんだって。

 レオーネは明日の午後に帰ってくる。

 それまでに、私とミーアは村の皆と一緒にレオーネを祝う準備をする。

 もちろんレオーネは知らない。驚いた顔をしてくれるのが楽しみだ。


 今から野菜を収穫する。

 動きやすい服を着て、家を出た。


「おはようございます!」

「おはよう!」


 レオーネの家を警備してくれている兵士たちに挨拶をした。

 ライ王子が連れてきてくれた兵士たちだ。何も起きないとは思うけど、レオーネがいない間、村の警備をしてくれている。


 村の中央に向かう道でミーアに会った。


「ミーア、おはよう」

「おはようございます。レオーネ様のお祝いを頑張って準備しましょう」

「そうだね。頑張ろう!」


 念のため、私はミーアの服装を確認した。

 いつも着ている可愛い服を着ていない。動きやすそうな緑色の服を着ている。


「何ですの?」

「動きやすい服を着たんだなと思って」

「もちろんですわ! でも、もう少し可愛い服でも良かったかなと少し後悔しています」


 楽しく話をしていると、私たちは目的地に着いた。


「アルバさん!」


 私が名前を呼ぶと、ふっくらとしたエルフの女性が側に来た。


「来たね、二人とも」

「アルバさん、よろしく」

「よろしくお願いしますわ」


 アルバさんはチャコバという野菜を育てている。

 チャコバは緑色の固い皮に包まれた野菜。中身は鮮やかな橙色で、煮たりすると、とても甘くなる。チャコバは高級な野菜で、レオーネの大好物。


 レオーネにチャコバを食べさせたいと私たちが言うと、アルバさんはレオーネ様のお祝いだから、無料でチャコバをくれた。

 お金を払わないで貰うのは悪い気がしたから、チャコバ収穫の手伝いをするってアルバさんと約束をした。


 畑に入ると、湿った土の匂いが鼻に入る。エストー村にいた時のことを少し思い出した。村人の農作業の手伝いを沢山していたから。


「二人とも収穫を頼むよ! 沢山あるからね!」


 アルバさんの畑は広い。チャコバが百個ぐらい実っている。

 私は収穫の仕方を分かっているけど、ミーアは分かっているのかな?


「キャッ!」


 ミーアはチャコバを触ろうとして、なぜか尻餅をついた。


「どうしたの?」

「む、む……」

「む?」


 すると、アルバさんがチャコバの葉っぱを触って、何かを掴んで、ヒョイと投げる。

 イスモミだ。イスモミはウオチャと言う羽がある虫の幼虫で緑色の小さな芋虫。エストー村で何度も見たから、私は慣れている。


「イスモミだ。ミーア、もしかして虫が苦手なの?」

「あれは虫じゃありません!! 芋虫ですわ!! あんなもの触れるわけがありません!!」


 そうか、ミーアはウニョウニョしたのが苦手か。ミーアの震えている姿を見て、私はニヤッとした。


 チャコバの根本を探り、あれを見つける。


「ミーア、見て!」


 手のひらに乗せたウジミを見せる。ウジミは赤色のウニョウニョとした細長い虫で、栄養の多い土に生息している。


「キャーーー!!」


 ミーアはウジミを見ると、畑から一瞬で逃げ出した。

 ミーアの怖がる姿がちょっと面白くて、私はクスクスと笑う。


「こら!!」


 アルバさんの怒鳴り声が響いた。


「虫で遊んじゃダメでしょ! それに友だちに嫌なことをしない!!」


 私はアルバさんに怒られてしまった。悪いことをしたなと思って反省する。ミーアを怖がらせ過ぎてしまった。


「ごめんなさい」

「私に謝るんじゃないよ。謝る相手はあっちだよ。友だちが困っているなら助けてやらないと」

「はい」


 ミーアの元へ謝りに行く。


「ミーア、ごめんね。もうしないよ」

「本当ですか?」

「うん。また虫が出たら、私に言って。私が虫を退けてあげるよ」

「分かりました。わたくし、アリスを許しますわ。それと、虫はお願いしますね」


 それから、私たちは協力して、チャコバの収穫を行った。


「二人ともありがとう! 助かったよ!」


 アルバさんに言われて気がついた。もう夕方になっていた。集中していて、全然気がつかなかった。


「明日の祝いの料理は私らで準備をしておくよ。二人はもう休みな」

「ええ? 私、手伝うよ?」

「わたくしも……」


 ミーアは自信なさげに言った。自信がないのは料理が苦手だから。


「じゃあ、最後だけ手伝ってもらおうかね? 明日の朝、また私の所に来てよ」

「うん、分かった」


 私たちはアルバさんに手を振って、別れた。

 前から思っていたけど、アルバさんはマーラおばさんにとても似ている。

 畑仕事を久しぶり手伝って、とても懐かしい気分になった。


「アリス、大丈夫ですか?」

「え? なにが?」

「寂しい顔をしてましたから」

「寂しくないよ! ミーアと一緒だし」

「それなら構いませんが……」


 別れ道で私たちは立ち止まった。

 右の道を行くと、レオーネの家だ。左に行くと、ミーアの家へ続いている。

 ミーアは一人で暮らしている。そう言えば、私はミーアの家に行ったことがない。


「ミーアの家に行っちゃダメ?」

「い、嫌ですわ!」

「ダメじゃなくて、嫌なの?」

「汚いのです。掃除をしてませんから」

「ふーん、そうなんだ。じゃあ、綺麗になったら、ミーアの家へ行ってもいいよね?」

「考えておきますわ」

「うん、考えといて。じゃあ、ミーアは私と一緒だね」


 ミーアの手を引っ張って、ミーアと一緒に右の道へ行く。


「わたくしは左の道なのですが」

「ミーアは私の家に泊まるの! 決定だから」

「仕方ないですわね」


 ミーアは私に向かって微笑んだ。


「明日が楽しみだね。レオーネを驚かそう!」

「はい。レオーネ様が喜ぶのはわたくしも楽しみですわ」


 家に着くと、明日の準備を手伝うので、私たちは早めに寝た。




 私は目を覚ました。

 嫌な気配がしたから。でも、家の外からは敵意を感じない。

 念のため、自分の剣を持って外に出た。


 シーンとしている。

 虫の音や動物の声が全く聞こえない。いつもなら聞こえるのに……


「あれ? 兵士さんたちは?」


 レオーネの家の周りにいるはずの兵士たちがいない。交代交代で、夜中も警備をしてくれているのに。

 どうしていないの?

 村の明かりもないことに気がついた。村もライ王子が連れてきてた兵士たちに警備をされている。巡回のために明かりを持っているはず。


 なんだか胸騒ぎがした。

 家の中に戻り、ミーアを起こす。


「ミーア、起きて! 村がおかしいの!」

「…… 何がおかしいのですか?」


 眠たそうな顔でミーアは私に質問をした。現在の状況を簡単に説明する。


「ゼルスさんのところへ行きましょう。何か分かるはずですわ」


 私たちは急いでゼルスさんの元に向かった。


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