第11話 未来の力
草薮を掻き分けながら前に進む。
グォーン!!
何かがぶつかり合うような鈍い音が響く。
そして。
「ガァァァァァァ!!」
さっきよりも苦しそうなルークの声。
私は声の方へと走る。
「アリス、待って!」
すると、ラフネに呼び止められた。
「どうして止めるの? ルークがいるんだよ」
「様子を見た方が良いよ。今のアリスが役に立つかな? 僕はそう思えないけど」
ラフネに指摘されて、私は全身を見る。
ヴォルスと戦った傷が青く変色し、全身には切傷があった。
今まで前へ進むのに夢中で気が付いてなかったが、体の傷を改めて確認すると、途端に痛みが走る。
「ほらね? 草影に隠れて少しずつ近くに行こう」
痛みを我慢して進みたいと思ったが、ルークの前に立った時に、こんな怪我では役に立てない。
ラフネの言葉に仕方なく従った。
草影に隠れながら進んでいると、開けた場所があり、そこから父さまや他の騎士の声が聞こえてくる。
私は状況を確認するために茂みから顔を少し出す。
大きな体の持ち主が矢のような速さで横切っていく。その飛んだ巨体は木に激突して、衝撃で木がバキッと音を立てて折れてしまった。
木に激突したのはモーガンさんだ。
「モーガン、大丈夫か!?」
父さまの声。
その声にモーガンさんが反応する。
「…… 大丈夫ッス」
私はホッと胸を撫で下ろした。
意識は確りとあるみたい。
でも、傷だらけで立てそうにない。
あの大きな体が吹っ飛ぶなんて……
父さまを見る。
父さまは仲間の騎士たちと一緒に誰かを囲んでいるみたいだった。
あれ?
少し離れた場所にフレッドおじさんがいる。
何か必死に声を掛けているみたい。
私の所からは遠くて、フレッドおじさんの声が聞こえない。
もしかしてルークなの?
ラフネにルークが父さまたちと戦っていると言われても、私はそれを信じていなかった。
と言うより、私は信じたくなかった。
だって、ルークと父さまたちが戦うなんておかしい。
騎士たちの隙間から見える人影がルークか確かめようと、私は首を頻りに動かす。
その姿が見えた時、ゾッとして息を呑んだ。
尖った牙に大きな二本の角。全身が灰色に染められ、右腕だけが異常に巨大化し鼓動を打っている。そして、背中からは触手が蠢いていた。
あんな生物、ラルヴァしかいない。
そう、ラルヴァだ。
ラルヴァなんだけど、あの顔立ちに特徴的なクセ毛を私は知っている。
でも、それが誰だか認めたくない。
しかし、その答えをラフネが平然と私に言う。
「ルークって子だよ。ラルヴァ化してるね」
「ルークのわけない!」
「ルークって子だよ」
ラフネの言葉を私は認めてしまった。
フレッドおじさんの様子を見て、否定することができなかったから。
「…… だけど、どうして? どうしてルークがラルヴァになるの?」
ルークがラルヴァになるなんて信じられない。
それに人間がラルヴァになるなんて、私は今まで聞いたことがなかった。
「アリス、あの黒いモヤ見える?」
黒いモヤは直ぐに見えた。
ラルヴァ化したルークの背後に黒いモヤが浮かんでいる。
「うん。黒いモヤが見える」
「そう、それがグラベーゼだよ。グラベーゼは人間を操ってラルヴァにするんだ」
「それでルークが…… ルークは治せるよね?」
ルークが元に戻せるのかが私は一番心配だ。
「治せるとは思うけど、ルークって子が自分で正気にならないと」
「どういうこと?」
「何て言ったらいいかな…… ルークって子は今ね、憎しみに支配されているんだよ。そこをグラベーゼに利用されたみたいだね。憎しみの理由をアリスは知ってるの?」
「あ……」
ルークが私に打ち明けた話を思い出した。
後悔が私の体をギシギシと責める。
どうして私はルークの話をもっと聞かなかったの?
聞いてたら、こんなことにならなかったかもしれないのに。
「知ってる」
「なら、可能性はあるかもね。ま、もっとも、現状のラルヴァ化したルークをどうにかしないとだけど」
悔しさで下唇を噛んだ。
口の中に鉄の味が広がるのを感じる。
「ラルヴァは…… どうして私たちに酷いことをするの?」
自分ではどうしようもできない現実に打ち拉がれてしまう。
「当然だよ。ラルヴァは人間が産み出しているものなんだから」
「え?」
「知らなかった? 簡単に言ったら、ラルヴァの正体は悪意の塊なんだよ。今のルークって子の憎しみの感情だったり、絶望や嫉妬、怒りとかね。生物が生きる上で必ず出す感情だよ。人間はその感情が多いよね。だから、ラルヴァは害を与えるために生まれた存在なんだよ」
「そんなのって――」
ガキィーン!
剣の衝撃音が響き、私は視界を元に戻す。
父さまの指示により、騎士たちがルークを攻撃していた。
しかし、その攻撃に対して不思議な黒い壁がルークを守る。
「どうして剣が届かない?」
騎士たちが口々にそう言うのが聞こえた。
私は首を傾げる。
どうしてって、黒い壁が防いでいる。
皆、見えないの?
「アリスが見えてるのは魔眼のおかげだよ」
疑問の答えをラフネが答えくれる。
私は無意識に自分の目を触れた。
魔眼と言うのも気にはなるけど、今は父さまたちとルークが心配だ。
ラルヴァ化したルークが俊敏な動きで次々と騎士を倒していく。
目で追うことはできるが、きっと私の体じゃ、反応できない。
何もできない自分に、また悔しさが込み上げてくる。
騎士たちが戦っている最中、父さまがフレッドおじさんの近くへ寄る。
フレッドおじさんはずっとルークに呼び掛けていた。
父さまはフレッドおじさんに何かを話している。
二人の声が途中で大きくなって、私の場所からでも聞こえ始めた。
「フレッド、すまん。ルークを放っておいたら、村が危険だ」
「ふざけるな!!」
フレッドおじさんが掴み掛かると、父さまはフレッドおじさんの鳩尾を殴る。
その衝撃でフレッドおじさんは膝をついた。
「ユンナー! フレッドを眠らせてくれ」
息を切らしたユンナーがタイミング良く来た。
「なんじゃ? フレッドを眠らすのか? それにあれはルークか?」
ユンナーは状況が分からず、あたふたしている。
「ユンナー!! 早くしてくれ!!」
父さまが怒鳴った。
「怒鳴ることないではないか…… だが、分かったのじゃ」
父さまの指示を理解したユンナーがフレッドおじさんを精霊魔術で眠らせる。
「フレッド、すまん。終わったら、償う」
え? 父さまが何を償うの?
最初の方が聞こえなかったら、会話の内容があんまり分からない。
父さまが剣を持って、ルークの前に立つ。
「ユンナー、皆の治療を頼む」
「分かったのじゃ」
ルークの攻撃で傷を負った騎士たちが辺りに倒れている。
ユンナーが治療を始めた。
治療をされているけど、きっともう戦えない。
倒れていない騎士は父さまを除いて三人だけ。
その三人の中にはジェスさんもいる。
「俺がこいつを押さえる。お前たちは隙を狙って、こいつの首をはねろ」
ちょっと待って。
今、首をはねるって言ったよね? ルークを殺すの?
そんなの嫌! 殺すなんてダメ!
私がルークを助ける!
私は体を動かそうとするが、全く動かせない。体が動いてくれないのだ。
痛みもあるけど、体が鉛のように重い。
「どうして……」
父さまたちとルークの戦いが始まった。
「グアアアァァァァァァ!!!!」
ルークが吠えた。
途轍もなく大きな声。
私は思わず耳を塞ぐ。
ジェスさんたちも驚いて後退ったのが見えた。その瞬間、ルークが風を切るかのように動く。
前に対峙する父さまではなく、ジェスさんたちに攻撃を仕掛けた。
巨大な右腕がジェスさんたちに迫る。
だが、ジェスさんたちは防御の体勢になっていない。
ガキーン!
巨大な右腕が弾かれた。
父さまがジェスさんたちを庇ったのだ。
あの僅かな間に父さまは反応した。
「すごい」
私はこんな状況なのに感心の声が漏れてしまった。
ジェスさんたちは直ぐにルークの後ろへ回る。
行動と判断が早い。
私にはまだできないことだと思った。
あれはなんだろう?
父さまの体の中に光の帯みたいなものが入って行く。その度に父さまの体に力が漲るように見えた。
「へー。アリスのお父さんは
ラフネが感心するように言った。
霊気って知らない単語だ。
気にはなるが、私は父さまたちの戦いに集中する。
それにしても、父さまとルークの動きは速い。
目で追っているが、反応速度が違う。
私があの場に立っても、一溜りもないと思ってしまった。
「ゴガァァァァーー、ゴガァァァァーー!!」
ルークの動きが止まり、何度も吠える。
すると、ルークの体からグラベーゼとは違う赤いモヤが右手に集中するのが見えた。
「全員やれーー!!」
その隙を狙って、父さまの合図で一斉に攻撃を仕掛ける。
「アリス、地面に伏せて」
ラフネが私に注意を促した。
そして。
ドォォォーン!!
衝撃波で吹き飛ばされそうになる。飛ばされないように必死に地面を掴む。
衝撃波は直ぐに治まったが、周りの木々を見ると、衝撃波の余波で揺れ続けていた。
私は体勢を立て直して、直ぐに父さまたちを確認する
父さまはあの衝撃に堪えていた。
だけど、膝が震えて立っているのがやっとみたいで、剣で体を支えている。
ジェスさんや他の騎士たちは衝撃に堪えることができずに吹き飛ばされて倒れていた。
少し離れていたユンナーは近くの木に掴まって、堪えることができたみたい。
またルークの右腕に赤いモヤが集まり出す。
もう一度あの衝撃波を撃つ気だ。
今度は父さまもきっと堪えられない。
「あの赤いモヤはなんなの!?」
「あれはラルヴァの力の根源だよ。邪気って言うんだ」
「じゃき?」
「見て。アリスのお父さんも諦めていないみたいだよ」
父さまの体にも光の帯がまた集まり出す。今度はさっきよりも急速に父さまへ光の帯が集まっている。
「アリスのお父さんも何か大技を出す気だ。でも、ルークって子が勝つね。多分、アリスのお父さんは死ぬと思うよ」
そんな…… 父さまが死ぬ?
結局、私はなにもできないの?
父さまとルークを救えない……
そんなの私は嫌だ。
「ねぇ、ラフネ」
「ん?」
「お願い。私に力を貸して。二人を助けたいの」
「無理だよ。だって、その傷だよ? そんなに二人を助けたいの?」
「うん、助けたい。私は大切な人をもう二度と失いたくないの」
「じゃあ、お願いを聞く代わりに一つだけ僕と約束をして」
「約束? なに?」
「これからの人生で一度だけ僕の命令を聞くこと。この約束を聞いてくれたら、僕は力を貸すよ」
私は即断した。
「もちろん聞く! それで父さまたちが助かるなら」
「言ったね? 約束だよ。なら、今から未来のアリスの力を今のアリスに分け与えるよ」
未来の私? どういうこと?
疑問が私の頭の中をひらっとしたが、質問を堪える。
もう時間がない。
「ラフネ、お願い」
ラフネが私の頭に触れて言葉を紡ぐ。
知らない言語だが、私は同じような雰囲気の言語を聞いたことがある気がした。
そうだ。
星の盟約を結んだ時と同じ言語だ。
『マーオ ニータ ウルネ イラーミ ド オカ ケーレス』
今までにない力を体中から漲るのを感じた。今の私はきっと強い。
強烈な白い光が私の目に映る。この光は私へ流れているんだ。
これが未来の私の力の源。
今なら誰でも救える気がする。
「ラフネ、ありがとう!」
私は剣を手に勢い良く飛び出した。
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