第12話 救うための闘い


 父さまとルークの間に立って、私はルークに剣を向ける。


 本当はこんなことしたくない。

 でも、今の私ならルークを助けれる。

 苦しいよね、少し待ってて。


「アリス! どうしてお前がいる!? 危険だ! 早く退け!!」


 私の後ろから父さまが怒鳴っていた。


 当然だよね。

 こんな危険な場所に私が来たら怒るよね。


 今の私は父さまが怒鳴っていてもあたふたする気持ちにはならなかった。

 不思議と心は落ち着いている。


 私は振り返って、父さまに右手を翳して言う。


「父さま、ごめん、来ちゃって。でも、もう大丈夫。ルークは私が助けるから。父さまが集めた光の帯、私がもらうね」

「お前何を言って…… グッ……」


 父さまが集めた光の帯を私が吸収すると、父さまは地面に膝をついた。


「ユンナー! 父さまを安全な所へお願い! それと、治療してあげて」


 ユンナーが急いで父さまのもとへ来る。


「なにを言っておる! アリスも逃げるのじゃ!」

「私は逃げないよ。ルークを救わなくちゃ」

「バカなことを言っとる場合ではない! ん? アリス、その霊気はなんじゃ? どうして精霊たちがお前に力を貸しておる!? それにそれは魔眼か!?」

「ユンナー、そんなことはいいから。早くしないとルークの攻撃が来る」

「ええい! 分かったのじゃ!!」


 ユンナーは父さまを連れてこの場から離れてくれた。


「ルーク、ごめんね。放ったらかしにして」


 ルークの巨大な右腕から赤いモヤが噴き出している。

 今から衝撃波を放つ気だ。


「アリス、霊気を操れる今なら魔法が使える。できるよね?」

「うん、なんとなく分かるよ。不思議… 私が私じゃないみたい」


 自分に漲る力を感じてそう思う。

 この力を今まで一度も使ったことがないはずなのに、私はなぜか使い方が分かった。


「アリス、来るよ」


 ルークの巨大な右腕が動いた。

 赤いモヤは巨大な右腕を覆う、不気味な赤い光へと変化していた。

 それを見た瞬間、私は一気に距離を詰める。


 一回目よりも強力な衝撃波が放たれると私は直感した。そのまま放たれたら、当然さっきよりも被害は大きい。


 私は剣に光の帯を集めた。

 ラフネとユンナーが言ってたけど、この白い光は霊気って呼ぶみたい。

 私の剣に霊気を纏わせ、霊気で剣を巨大化させる。

 霊気はルークが放つ衝撃波を消すための源になる。


 ルークの巨大な右腕が迫る。

 私は剣を頭上に構えて、力一杯振り下ろした。


 力は同じ。

 衝撃で私たちを中心に砂煙が大きく舞う。

 白い光と赤い光の対決。


相殺イーアス!!』


 私は頭に浮かんだ言葉を唱えた。

 すると、白い光と赤い光が同時に消える。砂煙が舞ったのは私が言葉を唱えるまでの一瞬の出来事。

 これが魔法だ。


 ガキーン!


 響いたのは剣とルークの右腕がぶつかり合う音。


 衝撃波を放つつもりになっていたルークは驚いて距離を取る。

 私は空かさず、地面を蹴ってルークとの間合いを詰めた。


 ルークは反射的に右腕を振るうが、今の私には止まって見えた。

 簡単に躱して、ルークに話し掛ける。


「ルーク、戻ってきて! グラベーゼになんか負けないで!」


 私の声にルークは反応しない。

 表情も変わらない。


 ルークは狂ったように攻撃を繰り返すだけ。

 その度に地面が割れ、木々が弾ける。


「アリス、今のルークの状態じゃ声は届かないよ」

「でも、どうしたら……」

「グラベーゼを倒すんだ。グラベーゼを倒してルークを解放するんだよ」

「倒すって言っても、黒いモヤだよ。どうやって倒すの?」

「今のアリスなら見えるはずだよ。目に霊気を集中させて」


 ルークから距離を取って、目に霊気を集中させる。


「あれが…… グラベーゼ?」


 黒いモヤだと思っていたラルヴァの正体は無数の手足の塊だった。手足の根本になっている部分には大きな赤い瞳が付いている。無数にある手足はずっとウネウネと動いていて、ルークの触手と絡み合っていた。


 気持ちが悪くて背筋がゾッとする。

 鳥肌も出てしまった。


 あんな気持ち悪いラルヴァにルークが支配されてるなんて、私は腹が立った。


 思わず叫んだ。


「ルーク!! こんな気持ち悪いラルヴァに負けないで!! 目を覚まして!!」

「ダメだよ。グラベーゼを倒さない限りルークには声が届かない」

「分かってるけど……」


 霊気を脚に集めて高速で移動する。

 もう一度ルークの背後を取った。


 グラベーゼに向けて剣を振るうが、ルークの触手が邪魔でグラベーゼに攻撃ができない。

 すると、ルークの右腕が関節を無視した動きで私を襲う。


 私は剣でルークの攻撃を止めるが、攻撃の衝撃に弾き飛ばされて地面に転がる。

 直ぐに立ち上がって、私はまたルークの背後を取るが、同じように右腕が私を襲う。

 今度は後ろに跳んで攻撃を躱した。


「グラベーゼに攻撃ができないよ」

「あの右腕をなんとかしないといけないみたいだね。アリス、あの右腕を斬ろう」

「何を言ってるの!? ルークの右腕だよ!」

「大丈夫。よく見てごらん。あれは邪気の塊だよ」

「邪気の塊?」


 再び目に霊気を集中させる。

 見えたのは巨大な右腕の中にあるルークの痩せ細った右腕。邪気の塊である巨大な右腕とルークの右腕は根のようなものでくっついている。まるで邪気の塊がルークの右腕から生気を吸い取っているみたい。


「あの根みたいなものを斬ったらいいんだよね?」

「そうだよ」


 再び剣に霊気を纏わせる。

 今度はさっきよりも鋭く、あの根を切り裂けるように。


 私は真っ直ぐ突っ込んだ。

 右腕の攻撃は来るが、私は身を翻して躱す。

 そして躱し様に、数度剣を振るった。


「グウァァァァ!!」


 辺りにルークの悲鳴が響く。

 ルークは右腕を押さえていた。

 地面には巨大な右腕だった邪気の塊が落ちている。邪気の塊は腐い臭いを放ち、地面を溶かしていた。


 ルークは痛みで動きを止めている。

 この瞬間を逃してはダメだと思った。


 私はルークの背後に周り、グラベーゼと対峙する。


 グラベーゼは危険に気が付いて、手足を槍のよう変形させて私に攻撃をしてきた。

 その攻撃を私は身軽な動きで躱して、私はルークの触手ごとグラベーゼを一刀両断した。

 グラベーゼは黒い煙となって霧散していく。

 大きな赤魂石せっこんせきが地面に転がった。


 直ぐにルークへ駆け寄る。

 ルークのラルヴァ化が解けたと思ったから。


「ルーク!!」


 背中から地面に転けた。

 お腹の辺りに鈍い痛みが広がる。

 私はルークに蹴られたのだ。


「ガアァァァァァ!!」


 ルークの体は灰色のままで、背中の触手は成長して、体全体を覆うとしている。

 ルークのラルヴァ化は解けていなかった。


「ラフネ、なんで?」

「もしかしたらルークは元に戻るのが嫌なのかもね」

「そんなこと…… どうして?」

「さー? 僕には分からないよ。それはアリスの方が知っているんじゃないの?」


 そんなの分かんないよ。

 どうしてルークは元に戻らないの?

 お母さんのことが理由?

 私がもっと話を聞かなかったから?


「ルーク!! お願い!!」


 私は涙声になって叫んでいた。

 怖かったから。

 このままだとルークは……


 私は立ち上がろうとしたが、体が動かなかった。

 体から霊気が抜けていく。

 力が入らないのだ。


「あー、時間切れかもしれないね。もうアリスのお父さんに任せたら?」


 時間切れってどういうこと?

 私はもう冷静でいることはできなかった。


「アリス、後は俺に任せろ。お前は見るな」

「え? 父さま?」


 私の頭に父さまが手を置く。

 父さまの目線の先にはルーク。まるで敵を見るような目つきだ。

 父さまの体は全身傷だらけだが、剣を力強く握っていた。


「父さま、ルークをどうするの?」

「…… 見るなよ」


 私の質問に答えることなく、父さまはルークの方へ少しずつ向かう。


 父さまはルークを殺す気だ。

 止めなきゃ!

 動くんだ! 動け!


 でも、私の体は動かなかった。


 私は叫ぶ。


「やめてーーー!!」


 突然、不思議なことが起きた。

 父さまの動きが急に止まって、私の側にいるラフネの動きも止まった。

 更には倒れていた騎士たち、ユンナーまで一切動いていない。

 よく見ると、周りの木々も全く揺れていない。風が吹いていないからだ。

 それに周りの音も聞こえない。私の呼吸音だけが響いており、気持ち悪いと思った。

 私だけが動いている。

 まるで私以外の時間が止まっているみたい。


 ふと気が付く。

 目の前に銀髪の女の人が立っていた。


「やっと会えたな。もう一人の私。いや、浄天じょうてんを継ぐ者よ」



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