第10話 妖精の導き


 空は真っ黒な雲に覆われているけど、雨は止んだ。

 雨が止んだ頃、私は泥濘の森でいねいのもりの入口に着いた。


 泥濘の森への唯一の入口にはユンナーが立ち塞がるように立っている。


 多分、ユンナーは結界を張る作業をしているんだと思う。

 私は泥濘の森へ行ったことがないから、結界がどんな物なのかは知らない。

 でも、ラルヴァを村に入れさせない物だから、きっと壁みたいな物だと思う。

 そして、その壁はまだ出来上がっていない。


 ユンナーが私に気が付く。


「アリス、何をしに来たのじゃ? ここは危ない、早く家に戻るのじゃ」

「私は家に帰らないよ」

「なぜじゃ? 危ないと行っておるのが分からんのか?」


 もちろん分かっている。でも、私はルークを助ける覚悟をもう決めて、ここに来ている。だから、家には戻らない。


「私はルークを助けに来たの。ユンナー、通るね」


 ユンナーを横切ろうとすると、私は腕を掴まれた。


「ダメじゃ。もう既に結界を張った。結界へは術者が許可した者しか入れん」


 結界を張ったと説明されるが、私の目には泥濘の森とその森へ続く道しか見えない。

 壁なんて見えないから、きっとユンナーの嘘だ。


「何も見えないよ? まだ結界を張ってないから嘘をついたんでしょ。私を心配してくれているんだよね、ありがとう」


 ユンナーが可愛くなって、ヨシヨシと頭を撫でる。


「違うのじゃ!! 本当に結界を張ったのじゃ!! ほれ、見るのじゃ。儂の手はこっちから向こうへは行かん」


 ユンナーが前に手を出して、何かを押す仕草をしている。

 上手いなと思った。

 まるで目の前に壁があるみたい。


「ユンナー、嘘はダメだよ。でも、演技はとっても上手。私が通ったら、結界を作ってね」

「いや、だから結界は……」


 ユンナーを横切って、私は泥濘の森へと入る。


「どうしてじゃーーー!!」


 ユンナーが何か大声で言ったみたいだけど、私は気にしないで先に向かった。




 森へと入ると、泥濘の森の特徴的な地面に足を取られてコケてしまった。

 泥濘の森は他の場所よりも湿気が強くて、地面にある落ち葉がヌルヌルしている。しかも、先ほどまで雨が降っていたから余計にヌルヌルして滑りやすい。


「父さまたちと会わないようにしないと」


 ルークを助けるためには父さまたちと会わずに、一番先に私がルークと会わなければならない。


「でも、どうやって見つけようか…… あれ? これって……」


 私は地面に大きな足跡が沢山あることに気が付いた。その大きな足跡たちの下に小さな足跡があるのを見つけた。

 きっとルークの足跡だ。


 ルークの足跡を道導みちしるべにして足早に歩き出した。


 色んな方向からラルヴァの唸り声が聞こえる。きっと父さまと仲間の騎士の人たちが戦っているんだ。


 すると。


「ガルルルルル」


 目の前の草薮から唸り声が聞こえた。

 ラルヴァだ。


 咄嗟に木刀を構える。

 その瞬間、ラルヴァが草薮から飛び出して、襲いかかってきた。

 狼型のラルヴァが私に突進する。


 突然のラルヴァの出現に驚いて、足がブルッと震えて後ろに下がってしまった。

 私は避けることができず、ラルヴァと激突する。


 体が折れ曲がるような衝撃で、私は吹っ飛ばされた。

 直ぐに起き上がろうとするが、頭がクラっとする。

 木刀で自分の体を支えて起き上がった。


 全身が痛くて、涙が出そう。ここから逃げたい。

 怖い……


 目の前のラルヴァは私を探るように睨んでいる。

 目を合わせることができなくて、私はラルヴァの足下を見ていた。


 この狼型のラルヴァはヴォルスと呼ばれている。

 強さの階級は上級、中級、下級の三段階があるけど、ヴォルスは一番下の下級に当たる。日の当たらない森に多数生息していて、直ぐに人を襲う。狂暴な性格だ。

 だけど、ヴォルスは騎士学校の生徒でも簡単に倒せるぐらいの強さであり、危険性はとても低い。


 そんなことは私も分かっている……

 でも、私の場合は違う。


 ヴォルスは私よりも一回り大きい。

 ヴォルスは普通の狼とは違って、大きな目が四つある。大きな目は赤くて、それぞれの目がギョロギョロと動き、私の動きを逃さない。

 ヴォルスは私よりも動きが速くて、力も強い。

 そして、特殊な攻撃もある。


 ヴォルスは私よりも強い。


 震える足でまた後退った。

 だけど、直ぐに足を止める。


 逃げちゃダメ。私が逃げたら、ルークを助けられない。

 私がルークを助けるんだ。

 ヴォルスを倒して、私がルークを助けに行く。


 私は木刀を構えて、ヴォルスに突っ込む。ヴォルスの首を狙って木刀を振り下ろした。


 しかし、ヴォルスは俊敏な動きで私の攻撃を躱して、逆に攻撃を仕掛けた。


 素早い動きを活かした、鋭い爪の攻撃。


 私はヴォルスの攻撃を目で予測した。

 ヴォルスの攻撃を目で捉えて、左に跳んで躱す。


 私は直ぐに立ち上がり、ヴォルスに向けて木刀を構える。

 ヴォルスはまだ体勢を立て直していない。


 今だ!!


 ヴォルスとの距離を詰めて、渾身の力で木刀を振り下ろす。


 次の瞬間、私は木に激突していた。


 私は忘れていた。

 それはヴォルスの特殊な攻撃。ヴォルスは口から強烈な衝撃波を放つことができる。


 意識がはっきりとしなくて、立つことができない。


 立たないといけないのに、どうしても力が入らない。それに、視界はボンヤリとしていて、ヴォルスの姿がちゃんと見えない。


 あれ?

 何か近づいてくる。直ぐ近くまで来た。

 ヴォルスだ。

 私、逃げないと……


「しょうがないなー。僕が助けてあげるよ」


 強烈な光が走り、ヴォルスは吹き飛ばされた。


「え? なに?」


 私の目の前に現れたのは青髪の小さな女の子。

 女の子は手の平ぐらいの大きさで、背中には小さな翼がある。


「僕のことを思い出して、アリス」


 私の頭がグワンと揺れて、一瞬であの日のことを思い出した。


「…… ラフネ?」

「そう、ラフネだよ! 良かった、直ぐに思い出してくれて。怪我しちゃったんだよね、僕が治してあげるよ」


 ラフネは小さな手を私に翳す。


『レクティオー』


 私は淡い光に包まれる。

 全身の痛みが引いて傷も塞がる。


「アリス、立って。立てるはすだよ」


 ラフネに言われて、私は立ち上がる。


「アリスはまだ戦いたいの? 逃げてもいいんじゃないかな?」

「ダメ! 逃げちゃったら、私がルークを助けれない」

「だって、ヴォルスに勝てないでしょ?」


 その通りかもしれない。

 でも、私は勝たないといけない。


「私は勝つ。勝って、ルークを助ける」

「ふーん。死んでもいいの?」

「私は死なないよ。死んだら、母さまたちが悲しむから」

「お母さんを悲しませたくないなら、逃げたらいいのに。でも、戦うんだ?」

「うん。私がルークを助けたいから」


 ラフネはクスクスと笑いながら言う。


「アリスは無理なことばっかり。でも、面白いね。だから、僕は人間が好きなんだ。アリスと星の盟約を結んで良かったよ。今、僕はとっても楽しい。だから……」


 ラフネが私の頭に触れる。


覚醒めざめさせるよ」


『我が愛しき魂よ 示せ、偉大なる力を 示せ、あの勇姿を 暗闇を穿つは貴女の銀光あなたのぎんこう さぁ、覚醒めざめよ エルスターキオ!!』


 白銀の激しい光が私を包み、その光が私の胸の中に収まっていく。

 何か変わったのかと思って、自分の手足を確認するが、特に変化はない。


「ラフネ、何かしたの?」

「覚醒させたんだよ」

「かくせい?」

「アリスの魔眼をね。さぁ、ヴォルスが来るよ!」


 ヴォルスが起き上がり、私に向かってきた。


 やっぱり速い…… あれ?

 動きがゆっくりに見える。

 こんなに遅かったっけ?


 私はヴォルスの動きを余裕でヒラリと躱した。

 ヴォルスは私の動きの変化に気が付いて、威嚇する。


「今のアリスはヴォルスの攻撃なら余裕で躱せるよ。さぁ、次はこっちから攻撃だ!」

「でも、私の攻撃は……」

「大丈夫! 僕に任せて!」


 ラフネは私の木刀に手を翳す。


『ムーアーティオー』

『ルーナディウス』


 私は驚いた。

 ラフネの力で木刀が鉄の剣へと変化したのだ。しかも、剣身には黒い稲妻がバチバチと渦巻いている。


「これでヴォルスに勝てるよ。僕にアリスが勝つところを見せて」


 ラフネの不思議な力と私の今の力があれば、ヴォルスに勝てる。


 私は剣を持ち、ヴォルスとの距離をジリジリと詰める。すると、ヴォルスは怖じ気付いたみたいに後退る。

 まるで、さっきの私みたいだ。


 でも、油断しない。

 本来なら私よりもヴォルスの方が強い。


 私は地面を蹴って、一気に間合いを詰める。

 そして、ヴォルスの体に剣を振るう。

 ヴォルスは私の攻撃に反応し、ギリギリのところで躱す。


 しまった。

 私の剣速は変わっていないんだ。

 普通の攻撃なら避けられてしまう。

 ちゃんと考えないと……


 二連撃を放つが、やはりギリギリのところで躱される。

 ヴォルスも攻撃。

 でも、もう私は避けれる。ヴォルスの攻撃なら完璧に見切っていた。

 ヴォルスの方が私よりも速いが、私はヴォルスの動きを瞬時に予測して躱すことができる。私にはヴォルスの攻撃の流れがゆっくりと見えている。

 ラフネの言っていた魔眼のお陰だと思う。


 しばらく攻防が続いていたが、これではいつまでも続いてしまう。

 何か打開する手を考えないと……

 父さまに教えてもらった技を思い出した。

 攻撃を避けれるなら、相手が攻撃した瞬間に攻撃をすればいい。

 それはカウンターと言う。


 ヴォルスが飛び上がって爪で攻撃を仕掛けてきた。

 これを横に飛んで避けるんじゃない。

 私も前に出るんだ。


 ヴォルスの攻撃の流れを予測しながら、攻撃が当たらないギリギリの位置を見極める。

 そのギリギリの位置に移動しながら、剣の動きとヴォルスの動きを合わせて、私は遠心力を利用して薙ぎ払った。

 ヴォルスの体が裂けたのを感じて、私は遠心力の反動で倒れた。


 確認すると、ヴォルスは真っ二つになっている。


「ハァハァ…… ヴォルスを倒した」


 私は小さくガッツポーズをした。

 ラフネの力を借りて倒したけど、倒せたのは嬉しい。


 ヴォルスを見ると、真っ二つになった体は黒い煙になって霧散する。

 地面には小指程の赤い石が転がっていた。


「え? 消えた?」

「ラルヴァは死んだら消えるんだよ」

「そうなんだ。あの赤い石はなに?」

「あれは赤魂石せっこんせき。ラルヴァを倒した証明なるよ。拾っといたら?」


 首を横に振った。


「私一人で倒したわけじゃないから」

「ふーん。いいんじゃないかな。好きにしたらいいよ」


 早くルークに会わないといけない。

 再び足跡を追う。


「ルークって子を助けるんだよね?」

「そうだよ。私が助けるの」

「アリスにとって、ルークは大切な人?」

「うん、私の初めての友だち」


 すると、足跡が途切れた。

 大人たちの足跡も色んな場所へ散々になっている。

 ここからルークのことを手分けして探し始めたのかもしれない。


「アリス、ルークはあっちだよ」


 ラフネが指差したのは東の方向。


「どうして分かったの?」

「森の精霊に聞いたんだよ」

「精霊と話ができるんだ?」

「僕は妖精だからね。そんなことより、急いだ方が良いみたい。ルークって子と大人たちが戦ってるよ」

「父さまたちとルークが!? なんでそんなことに…… 場所を教えて!!」


 私は駆け出した。


 どうして父さまたちとルークが戦わないといけないの?

 意味が分かんない。

 早く皆のところへ……


「グガァーーーー!!」


 森を揺らすような唸り声が聞こえた。


 ラルヴァ?

 違う。私はこの声を知っている。

 ルークだ。


 私は声の方へ無我夢中で走った。






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