第5話 初めての友だち


 会いたいと言ってから三日後のこと。

 フレッドおじさんの家に父さまと訪れて、私はフレッドおじさんの息子に出逢った。

 名前はルーク。

 茶髪でクセ毛、顔立ちは整っている。

 自己紹介をしてからあんまり話が進まない。見た感じだと、ルークは無口には思えないけど……


「父さま、ルークと外に行ってきても良い?」

「ああ、行っておいで」


 私はルークの手を引っ張って、外に出た。


 このままいたら、私が父さまの邪魔になると思ったから。

 父さまはフレッドおじさんと笑っていた。

 あれから父さまは私たちの前で笑顔を見せていない。母さまと私に気を遣って、私たちの前で、父さまは笑わないようにしているんだと思う。

 笑っている父さまが私は好きなのに……


「手を…… 離せよ」


 ルークが恥ずかしそうにボソッと呟く。


 考えごとをしていて、私はルークの手をずっと握っていたことに気が付いた。

 慌てて手を離す。


 そして、お互いに無言。


 私は自分と同じくらいの子と一緒にいたことがなかったから、緊張してしまう。

 ルークも私と同じで緊張しているようだ。


「ルーク…… 私と剣の稽古をしよう?」

「お前も剣をするのか?」

「うん」


 私たちは家に立て掛けてある木刀を握り、お互いに構えた。


「行くぞ」

「うん」


 ルークが先に動いた。私より動きがスムーズだ。足裁きが軽い。


 木刀同士がぶつかり合う。


 カーン


 乾いた音が響く。

 ルークの攻撃を受け止めて、手がジリジリする。


 私よりかなりの威力がある。

 流石男の子だなと思った。


 私も負けじと木刀を振るが、ルークが簡単に受け止める。

 私もルークの攻撃を避けて攻撃。

 それが続くと、まだ体力のない私は先に疲れてくる。


 剣の握りが弱くなってきた。

 そこにルークの強烈な一撃。

 私は木刀で止めたが、木刀は衝撃で私の手から飛んでいく。


 そして、ルークに木刀を顔に突き付けられた。


「参りました」


 私たちは直ぐにその場へしゃがみこんだ。

 二人とも息が乱れている。


「ルーク、強いね」

「俺は強いんだ。お前には負けないよ」

「ルークはいつからフレッドおじさんに剣術を教えてもらっているの?」

「五才の時からかな」

「そうなんだ、早いね。ルークはどうして剣術を教えてもらおうと思ったの?」

「お前と同じだよ。俺も母さんをラルヴァに殺された」

「ごめんね。私、知らずに……」


 私は急いで謝った。

 母親がいない時点で気付くべきだった。私は悪いことをしたと思って俯いてしまう。


 ポスンと頭にルークの手が乗る。


「気にすんな、俺はあんまり覚えてないから。お前だって俺と同じだろ? 俺はもう大丈夫だけど、お前は大丈夫か?」

「私は……」


 大丈夫って言葉を口から出せなかった。

 大丈夫って言うと、兄さまに悪い気がしたから。


 ルークの手が私の頭から離れた。

 もう少し頭の上に手を置いてくれても良かったのに。私は頭に手を置かれるのが好きだ。

 兄さまがいつもしてくれたから。


 すると、ルークが話し始める。


「俺は騎士を目指してるんだ。お前は聖天四真将せいてんよんしんしょうを知ってるか?」


 私は聞いたことがなかった。

 首を横に振る。


「聖天四真将はな、聖天守護騎士団せいてんしゅごきしだんをまとめる四人の将軍のことだよ」


 聖天守護騎士団は聞いたことがあった。

 聖ソフィア王国の王都を守護する最強の騎士団のこと。


「ルークはその聖天四真将になりたいの?」

「そうだ。だから、父さんに稽古をつけてもらっているんだ。お前も強いけど、俺の方が強いだろ? 俺は凄く頑張ってるからな」

「私だって頑張ってるよ! もう一戦やろ!」


 勢い良く起き上がったが、どうも疲れているようで、ふらついて尻餅をついてしまった。


 それを見て、ルークが吹き出すように笑う。

 私は恥ずかしくて、カーッと身体中が熱くなった。


「もう一戦はまた今度にしようぜ。お前って、負けず嫌いなんだな」

「そうだよ、私負けず嫌いなの。ねぇー? さっきからずっと私のことお前って呼んでるけど、私はお前って名前じゃないよ」


 怒ったように私は少し顔を膨らませる。


「じゃあ、何て呼んだらいいんだよ?」

「アリスって呼んで!」


 ルークは困った顔をして、恥ずかしそうに頭を搔きながら私の名前を呼ぶ。


「ア…… アリス」

「うん。私はアリスだよ。お前じゃないからね」

「分かったよ。細かい女だな」

「そうよ。私は細かくて恐い女なんだから。怒ると恐いの。ルークも気を付けてね」

「はいはい」


 フレッドの家から父さまが出てくるのが見えた。

 そろそろ帰るみたい。


「ルーク、また一緒に稽古をしよう」

「いいぜ。でも、また負けても知らねぇぞ」

「いいもん! 次は私が勝つから」

「はいはい。じゃあ、またな。アリス」


 ルークが私を名前でちゃんと呼んでくれたので、私はとっても笑顔になった。


「またね、ルーク」


 私はルークに沢山手を振って別れた。

 ルークも私が見えなくなるまで手を振ってくれていた。




 父さまとの帰り道。


 父さまが少しだけ以前の父さまに戻っている気がした。


「アリス、ルークはどんな奴だった?」

「うーんとね、ムカつくけど良い奴だったよ」

「ムカつくけど良い奴か。ハッハッハハハ…… 友だちになれそうか?」

「うん? 友だち?」


 友だちになろうって言わなかったけど……

 でも、ルークと一緒にいることは楽しかった。

 私もまた会いたいと思っている。


「ルークはもう友だちだよ」


 私は父さまに笑顔を見せて言った。


「そっか、良かったよ! よーし」


 父さまが私を掴んで、私を父さまの肩に乗せる。


 肩車だ。

 高い、色んなものが違って見える。綺麗だなと思った。


「すごい」


 私は思わず声を漏らしていた。


「そうか、すごいか。よーし、走るぞ!!」


 父さまが私を肩車したまま走り出す。

 景色があっという間に変わっていく。


 肩車の興奮。

 そして、父さまの温かさ。

 友だちが初めてできたこと。

 色んなことに私の心が震えて、感情が外に溢れ出す。

 私は父さまの肩の上で思いっきり笑った。


「アッハハハハハハハハ――」

「アッハハハハハハハハ――」


 父さまも一緒に思いっきり笑っている。

 クラウス兄さまが亡くなって、初めて父さまと一緒に笑う。

 私はすごーくホカホカした気持ちになった。


 私と父さまは夕焼けの中でいつまでも笑っていた。






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