第4話 稽古


 父さまにお願いをして一ヶ月位が過ぎた。母さまは何も言わないけど、私が騎士になると言ったことに納得していないみたいだった。


 ある日、日も落ちかけてきた頃。


 ドン、ドン、ドン


 家のドアを激しく叩く音がした。


「俺だ、フレッドだ。マーガレット! 助けてくれ、女性がラルヴァに襲われた」

「今、開けるわ」


 母さまが急いでドアを開ける。

 入ってきたのは癖毛で茶髪の男の人。その男の人はぐったりとした女の人を背負っていた。


 茶髪の男の人の名前はフレッドおじさん。

 父さまの仲間だ。


 フレッドおじさんが女の人をソファーに寝かせる。


 その女の人を見て、体が震えた。


 お腹にとても大きな傷があって、兄さまが死んだ時を思い出したから。

 私の瞳に涙が浮かぶ。


 すると、父さまが私のことを抱き上げた。


「アリス、大丈夫だ。あの女の人は助かる。マーガレットが助けてくれるよ」


 私の気持ちを思って、父さまが私をぎゅっと抱き締めてくれる。

 いつもは嫌だけど、今は父さまが抱き締めてくれたことが嬉しかった。


 母さまを見ると。

 ソファーに寝かせた女の人の側で、母さまが何かに祈るみたいに両手を組む。


『光の精霊ラクスよ、哀れな我らに寵愛を与え給え』


 女の人の体を柔らかい光が包む。

 しばらく柔らかい光に包まれていたが、光は徐々に消えていく。

 完全に消えたところで、意識を失って動かなかった女の人が少し手を動かした。


「フレッド、これで大丈夫だわ。でも、二、三日の静養は必要よ。ちゃんとお医者さんにも見せて」

「分かった、ありがとう」


 私の母さまは精霊魔術師せいれいまじゅつし

 この世界にいる精霊から力を借りて、魔術を使うことができる。

 魔術は血を止めたり、火や水を空気から出したりと色んなことができる。

 でも、魔術にできることには限界がある。


「フレッド」


 外に出ようとしたフレッドおじさんを父さまが呼び止めた。


「手伝うか?」

「いや、大丈夫だ。もうラルヴァは倒した。俺たちで周辺の見回りをするから、アーサーは家にいろ」

「…… すまん、ありがとう」

「気にすんな」


 フレッドおじさんは手を振って外に出ていった。


 父さまはあれからずっと騎士の仕事を休んでいる。

 仲間の騎士たちが休ませているのもあるけど、多分私たちの側にいるため。

 だって、私も母さまも心はまだボロボロだったから。




 カーン!!


 木刀同士がぶつかる乾いた音が庭で響いた。


 父さまに木刀で剣の稽古をつけてもらっている。


「まだまだ振りが甘い! そんなもの当たらないぞ!」


 木刀を何度も振るが、父さまには当たらない。父さまは私の攻撃を全て木刀で受け流す。

 私の細い腕では木刀を一回振るだけでもかなりの力が必要だ。


「アリス、見てみろ。剣術ってのはこうだ」


 父さまが木刀を振る。


 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュ!


 私とは違う風が切れる綺麗な音。

 思わず父さまに見惚れてしまった。


「どうしてそんな綺麗な音が出るの?」

「それは何度も剣を振るうことだ。強くなるに近道はない。この音が出るようになったら、アリスも強くなっている証だ」


 私は木刀を振るうが。


 ブォー、ブォー、ブォー


 という音になる。


「型は綺麗なんだけどなー。他の奴と稽古をしてみるのも良いかもしれないな」

「他の奴って?」

「フレッドの息子はどうだ? 確か…… アリスと同い年だったはずだ。アリスは会ったことないだろう?」

「うん、会ったことないよ。私より強い?」

「あー…… どうかな? ま、一度剣を交えたらどうだ? 三日後、フレッドの家に行く用事もあるしな」


 同い年の子か。

 ルークって名前は知っていたけど、私はまだ会ったことがない。

 会ってみたいなと思った。


「父さま、その子に会いたい」

「分かった。三日後、フレッドの家に行こうな」


 父さまはとても嬉しそうな笑顔だった。


 父さまが嬉しそうなのは、クラウス兄さまが亡くなってから、これが私の初めての外出になるからだと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る