第2話 愛する者との別れ


 わたしは家のドアを勢い良く開けた。


「どうした? アリス、クラウスはどうした?」


 全速力で走ったため、息が途切れながら話す。


「父さま…… 助けて!! ラルヴァが…… 村道の入口に…… 父さま! 兄さまを助けて!!」


 父さまはコクッと頷くと、剣を持って家を出た。


 家の外から大人たちの声が聞こえる。

 村の騎士たちが兄さまを助けるために今から向かうんだ。


 わたしは怖くて母さまに抱き付いた。


「兄さま、大丈夫かな?」

「大丈夫よ。アーサーと皆が行くもの。きっと大丈夫」


 と言って、わたしを励ましてくれた母さまの体もとても震えている。


 今までにない疲れが急にドッと押し寄せてきた。

 全速力であんなに走ったのは初めてだったから。

 きっとそのせい。


 わたしは母さまの胸の中で眠ってしまった。



「アリス、こんな時に寝たのか?」


 わたしを揺すって起こしてくれる人がいる。

 目を覚ますと、目の前にいたのは兄さまだった。


「兄さま! 大丈夫だったの?」


 質問をすると、兄さまは無言でわたしに笑みを見せる。

 いつもわたしに向ける表情。

 わたしはその笑顔が大好きで、とても安心する。


「アリス、父さんと母さん、それから新しく生まれる子をよろしくな」

「え? どういうこと? よろしくってなに?」


 目の前の兄さまが遠ざかっていく。


 嫌! 行かないで!

 わたしの近くにいて、兄さま。


 兄さまの姿がどんどん薄くなっていく。


「兄さま!!」


 わたしは追いかけるが届かない。


 兄さまがわたしに言う。


「アリステリア、愛してる」


 そして、兄さまが消えた。


「消えないで! 兄さまーー!!」




 わたしは目を覚ました。ベッドの上にいる。

 あの後、わたしは寝てしまったみたい。


 目を擦ると、手が濡れていた。


「兄さまが消えるなんて」


 変な夢のせいだ。

 兄さまが消えるわけないのに。


 それにしても静か。

 家の中がシーンとしている。

 いつもなら母さまと父さまの大きな声が聞こえるのに……


 わたしは階段で下に降りる。

 階段下には母さまがいた。


「母さま、どうしたの?」


 泣き腫らした顔の母さまが膝を抱えて座っている。


 母さまはわたしを見ると抱き締めた。


「え? 母さま…… ?」

「アリス、ごめんなさい…… 私…… 助けれなかった」


 父さまが側に来て、私を抱き締める母さまの腕を優しく離す。


「アーサー……」

「アリスにもちゃんとお別れをさせるんだ。きっとそれをクラウスも望んでいる」


 お別れ? 誰と?

 どういうこと?


 疲れきった表情で父さまがわたしの手を握る。

 父さまの体は傷だらけで、怪我の手当てをしていなかった。


 父さまに手を引かれて連れて行かれる。


 そこには……


 いつもの優しい表情をした兄さまがいた。


 目を瞑って、眠っている。


「兄さまは今、寝ているの?」

「アリス、違う」


 父さまの固い体で抱き締められるが、いつもの痛さはない。

 父さまの体は震えて、父さまの瞳からは涙が溢れていた。


「父さま、どうしたの?」


 わたしが優しく言うと、父さまはわたしに真実を告げる。


「クラウスは…… 死んでしまった」

「死んだ? もう起きないってこと?」

「そうだ。もう起きない」

「どうして! お兄さまが起きないなんておかしい!!」


 わたしは父さまの胸をいっぱい叩いた。


 父さまはきっと嘘を言っているんだ。

 だって、兄さまは強い。

 わたしとずーっと一緒にいるって約束したもん。


 父さまの腕をほどいて、兄さまの側に寄った。


 わたしは兄さまの右手を取る。

 いつもわたしの左手を繋ぐ手。


 とっても冷たい。

 いつもは温かくてホワホワするのに。


 兄さまの体を見ると、傷だらけで、沢山の血が出て固まっているようだった。


 本当に本当に…… 起きないの?

 静かに寝ているだけじゃないの?


「兄さま、見て。このワンピース。寝ちゃったから、ちょっとシワになっているけど、可愛いでしょ」


 兄さまから返事はなかった。


「あのね、わたし、大人になったら兄さまと結婚するの。だからね…… 起きなかったら、わたし…… 兄さまのこと嫌いになるから」


 兄さまの肩を揺するが、反応はない。


「ねぇ、兄さま? 起きてくれないの? 本当に起きてくれないの?」


 何度も問いかけた。

 しかし、兄さまが起きることはなかった。


 だから、最後に兄さまが夢に出たの?

 それでわたしに愛しているって言ったの?

 あれが最後の兄さまだったの?


 もう一度、兄さまを見た。

 兄さまは氷のようにピシッと固まっている。

 まるで兄さまだけ時間が止まっているみたいに……


 わたしの瞳からポツポツと涙が落ちる。


 わたしは理解した。

 ――クラウス兄さまは死んだんだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る