愛国の聖騎士アリス~妖精神の魔眼を覚醒した少女はいずれ最強の騎士へと至る。閃光の戦乙女英雄物語~

川凪アリス

第一部 冒険編

序章 悲劇から始まる物語

第1話 わたしは世界で一番幸せな女の子


「アリス、本当に行くのか?」


 アリスは愛称で、わたしの名前はアリステリア・グロウリア。

 ここは聖ソフィア王国の辺境にある小さな村。父さまと母さま、兄さまとの四人で、わたしは幸せに暮らしている。


 今から大好きなクラウス兄さまと一緒に近くの町まで買い物に出掛ける。

 八歳になったから近くの町へ歩いて行くことを許されたんだけど……


「俺は寂しいぞ! アリス、やっぱり行かせたくない!」


 目の前でわがままを言っている黒髪の男の人はアーサー父さま。

 村の騎士たちをまとめる偉い騎士をしていて、筋肉質でゴツゴツした体をしている。

 そんな体で抱き締められると。


「うわー! 父さま、やめてよー。母さま助けて」


 しかも、父さまは唇を尖らせて、顔をどんどんと近付けてくる。

 わたしはいつも嫌がるのにキスをしてくる。


「やめなさい、アーサー。アリスが嫌がってるでしょ」


 栗色の髪の女の人が父さまの背中をバチンと叩く。バチンと叩いた音がして、わたしも気持ちがスッとする。

 ようやく父さまから解放された。

 わたしを助けてくれたのは、大好きなマーガレット母さま。

 

「可愛そうな、アリス。アーサーのゴツゴツした体なんて嫌よね」

「ありがとう、母さま」

「ところでアリス、約束は覚えてるかしら?」


 あー、約束……

 母さまがチラチラと見せているその服のことだよね。

 しかも、フリル付きの。

 母さまはわたしに可愛い服を沢山着せようとする。母さまのことは大好きだけど、その趣味は苦手。

 あんまり可愛い服はわたし好きじゃないの。わたしの好きな服は今着ているような派手じゃない動きやすい服。


「覚えてるけど…… 着ないとダメ?」

「もちろん! だから、クラウスと一緒に隣町のレーヌまで行くことを許したのよ」

「母さん、父さん。アリスが困ってるだろ? その辺にしてやれよ」


 兄さまが私の前に立って庇ってくれた。

 大好き、兄さま!


「分かったわよ。クラウス、アリスからくれぐれも目を離さないでね。直ぐどっかに行っちゃうから」

「分かってる。こいつはお転婆だからな」


 と言って、私の頭を撫でる兄さま。

 兄さまの手も父さまと同じでゴツゴツしてるけど、撫でる手付きが優しくて好き。


「アリス、行くぞ」


 兄さまの背中を追いながら私が歩いていると、後ろから大きな声が聞こえた。


「アリス! 行ってらっしゃーい!」

「アリス、愛してるぞ!! 大好きだー」


 暑苦しい父さまには少しだけ手を振って、母さまにはしっかりと手を振った。



 わたしたちが住むエストー村からレーヌの町へ行くまでには村道を通って、グーラ街道に出ないといけない。

 小さな子どもがレーヌへ歩いて行くには時間がかかる。だから、歩いて行くことを八歳になるまで許されなかった。八歳になったわたしでも朝から出発しないと、一日で帰って来ることができない。

 それに、夕方になるまでには家に帰らないといけない。

 暗くなると、だから。


「兄さま、母さまは喜ぶかな?」

「喜ぶさ。アリスが母さんに贈るプレゼントなんだ。喜ぶに決まってる」


 母さまは妊娠していて、来年ぐらいに私は妹か弟ができる。

 妹かな弟かな?

 どっちでも私は嬉しくて、とても幸せな気分になる。


 レーヌへ買い物に行くのは、母さまにアロマを贈るため。

 母さまは最近なんだか怒っていることが多い。アロマを使ったら、母さまが気分転換できると思ったから。

 兄さまに聞いたら、妊娠の最初はそうなるらしい。

 それで、兄さまと一緒に買いに行こうと思ったの。

 わたしもレーヌに行きたいと思っていたっていうのもあるけど……

 それは兄さまにも内緒。


 わたしは兄さまの顔を見上げる。


 兄さまはとてもカッコいい。

 母さまと同じ栗色の髪だけど、癖毛があって可愛い。でも、凛々しい顔立ちで筋肉もあって、わたしの理想。しかも、わたしにはとても優しい。

 世界で一番好きな兄さま。

 それを言うと、父さまがなぜか怒るんだけど……

 怒ってても、父さまのことはいつも無視。


 だけど、不思議なことがあるの。

 兄さまの髪色は母さまと同じで栗色。父さまは黒髪。しかも、三人とも瞳の色は黒。

 わたしはブロンドヘアで青い瞳。

 ――どうしてわたしだけ家族と似てないんだろう?


 村道を歩いていると、両手で重たそうに籠を持つ知り合いのおばさんがいた。

 マーラおばさんだ。

 わたしは兄さまの側を離れて、マーラおばさんの近くへ行く。


「マーラおばさん、こんにちは。わたしも持つよ」

「アリス、こんにちは。でも、いいのかい? どこかへ行く途中だろ?」

「いいのいいの。マーラおばさん、重たそうだし」


 兄さまに確認をする。


「いいよね? 兄さま」


 兄さまは笑顔で頷いていた。


 わたしはマーラおばさんの片方の籠を右手で持つ。


 ちょっと重たい。

 でも、甘い温かみのある香りが籠からする。籠の中には沢山のラベンダーが入っていた。

 マーラおばさんは夫婦でラベンダーを育てていて、レーヌに出荷している。

 エストー村の多くの人たちはマーラおばさんと同じように農業で生計を立てている。


「アリスは今からどこへ行くんだい?」

「レーヌに行くの!」

「そうなのかい? でも、気を付けるんだよ。グーラ街道にが出たって聞くから」

「大丈夫! だって兄さまがいるから!」


 ラルヴァというのはとっても怖い化物のこと。父さまたち騎士はこのラルヴァから人々を守っている。


 わたしは左腕を兄さまの右腕にギュッと絡める。


「クラウスがいるなら私も安心だよ」


 なぜなら兄さまはとっても強い騎士。騎士学校を卒業して、十八歳でエストー村の騎士になった。

 ちなみに、村で一番強いのは父さま……

 うーん、少し嫌な気分。


 しばらく歩くと。


「ここまでで良いよ。アリス、ありがとね」

「いいの? 家までまだあるよ?」

「アリスの時間を奪っちゃ悪いだろ? ほら、クラウスと行っておいで」

「うん! ありがとう、行ってきます」

「私がありがとだよ、行ってらっしゃい」


 そう言って、わたしはマーラおばさんと別れた。


 村道を抜けて、グーラ街道に入る。

 グーラ街道は両隣が林になっていて、街道は涼しい風が通る。


 グーラ街道を歩いていると、色んな人たちと時々すれ違った。

 すれ違った人々は旅人や行商人たち。


 わたしは人とすれ違う度に、元気良く挨拶をした。

 いつもより大きな声で。

 だって、兄さまと二人っきり。

 嬉しくって、ドキドキしていた。


「アリスは良い子だな」

「どうして?」

「親切だし、良く挨拶をする。俺の自慢の妹だ」

「そうかな? エッヘヘへ」


 兄さまに褒められて嬉しかった。


 でも、わたしは良い子ではないと思う。だって、家族に隠していることがあるから。

 それは別の人の記憶があること。

 このことを打ち明けようと何度も試したことがあるけど、いつも胸が苦しくなって打ち明けられなくなってしまう。


 別の人の記憶。

 わたしは物心が付いた頃から、自分が経験をしたことのないはずの記憶が突然頭に浮かぶことがあった。


 わたしではないのに、わたしがいつも泣きながら、血だらけの男の子を抱いている。

 記憶は記憶だけど、悲しむ感情は本物。

 その記憶が頭に浮かぶ度に、わたしの胸が締めつけられるみたいに痛い。

 感じるのは強い後悔と悲しみ。


 その記憶が誰の記憶なのか、わたしにはなぜか分かる。

 エルザニア・ロムス・フェブラニカ。

 カルビリオン神話に登場する最強の女騎士。エルザニアは名前よりも二つ名が有名で、銀の戦乙女ぎんのいくさおとめと呼ばれていた。


 でも、わたしはわたし。

 大好きな兄さまの妹で、父さまと母さまの子ども。

 わたしはアリステリア。

 ――だから、わたしは今を幸せに生きている。



 わたしたちはレーヌに着いて、母さまにプレゼントをするアロマを無事に買えた。


「母さんが喜ぶといいな」

「うん、喜ぶと思う!!」


 わたしはニッコリと笑って答えた。


 レーヌの町はアロマを中心に香りに関するお店が多い。

 そして、レーヌの町を歩く人々はわたしたちとは違ってお洒落だ。


「アリス、この服とか似合うんじゃないか?」


 兄さまはショーウインドに飾られている、可愛い白のワンピースを指差した。


 可愛い服は嫌いなんだけどな。

 でも、兄さまに可愛い服が似合うって言われたら……


「えー? 似合うかな? でも、兄さまが言うなら、わたしも着てみたいなー」

「じゃあ買ってやるよ。そんなに高くないしな。可愛いお前を見たら、父さまたちも喜ぶぞ」

「えー、父さま? 兄さまは喜んでくれないの?」


 わたしは兄さまにギュッと抱き締められて、兄さまの顔近くまで持ち上げられた。


 えー? どうしよう?

 兄さま…… カッコいい。


「アリスがこの服を着たら、世界で一番可愛い女の子になるぞ」


 そんなことを言われたら……


 わたしは兄さまに服を買ってもらい、その場で着た。


 白のワンピースは私の容姿を目立たせる。とても良く似合っていた。


「アリス、とっても可愛いぞ」


 兄さまに誉められて、わたしは世界で一番幸せな女の子だった。



 レーヌを出ると、少し日が落ちかけていた。


「アリス、少しだけ急ごうか? 万が一、ラルヴァが出たら嫌だからな」

「やだ。兄さま、怖い」

「大丈夫! 俺が付いているからな。もしラルヴァが出たら、俺が倒すよ。任せてくれ。それでも心配か?」

「ううん。だって、兄さまは強いから」


 少しだけ早めに歩くが、どんどん日が落ちていく。


 ちょうど月が見え始めた頃、村道の入口まで来た。

 今日の月は薄っすらと赤く光っていてなんだか気持ちが悪い。

 早く帰りたいと思った。


 わたしは怖くて兄さまの手を握る。

 それをいつものように兄さまは握り返してくれた。

 兄さまの優しい気持ちが伝わってきて、わたしはホワホワする。

 兄さまが側にいてくれるだけで、怖い気持ちを忘れることが出来る。

 わたしは兄さまが大好き。


「アリス、止まれ。俺の後ろへ下がるんだ」


 突然、兄さまが強い口調でわたしに指示を出した。


 わたしたちの前に現れたのは大きさな四足歩行のラルヴァ。

 兄さまの三倍以上はある大きさで、大きな牙と鋭い爪が特徴的。口からはみ出た牙と爪には血がベッタリと付いている。体はゴツゴツとしている感じで、とても固そう。耳を塞ぎたくなる声を出して、わたしたちを威嚇している。

 このラルヴァが近くにいるだけで、とても怖い。


 兄さまがわたしから手を離して、腰から剣を抜く。


「アリス、横の林を抜けて、父さんたちを呼んできてくれ」

「兄さまはどうするの?」

「俺はこいつを倒さないといけない。ほら、アリス行け」

「え? でも……」


 兄さまを一人するなんて……

 わたしは離れたくないと思ってしまった。


 すると。


「アリス、行けーーー!!」


 いつもは怒鳴らない兄さまの大きな声を聞いて、わたしは思わず走り出した。


 真っ暗な林の中を抜けて、村道へ。


 わたしはひたすら走った。


「兄さま、無事でいて」

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