第25話

アレスト、28歳の誕生日


〜朝 王宮〜


王子、アレスト・エル・レアンドロが朝食をとっている。従者リヒターは隣で待機していた。

「28歳か」

アレストの真っ黒な服にはたくさんの食べカスがついていた。しかし、リヒターは何も言わない。

「時が経つのは早いねェ。あの実験から1年が経ったわけだ」

目を伏せて言う。フォークを使うのが煩わしくなったのか手掴みで食事をし始めた。右肘で皿を押さえ、左手で食材を鷲掴みにしている。

「ル……あいつがどうなるかで大陸の今後が分かる」

右手首から極端に痩せている彼の手は、もはやフォークを持つことも困難だった。

「さぁて、答え合わせだ……。この日々に終止符を打てるかねェ……」

口周りをソースで汚した王子はニヤリと笑う……。


〜夜 アレストの部屋〜


ルイスの背中を確認するのも習慣になった。彼女の背中には自分と同じ真っ赤な砂時計の模様があるのだ。しかし、今日は……。

(消えているな)

意識のない彼女を抱きしめる。

「……」

名前を……。

彼女の、名前を。

「俺の、名前を……あんたの声で……」

アレストから一筋の涙が伝う。傷つけないようにゆっくりとベッドに寝かせた。


「……起きた、のか」

もう使わない砂時計を机の引き出しにしまったとき、ベットの上で彼女が目を覚ました。

「くっくく……本当に上手くいくとはな。そしておかしいくらいに『時間通り』だ。あいつ、本当に『1年』をはかったんだな。几帳面なやつだぜ」

ぶつぶつ言いながらベッドに近づく。明かりは1つしかついていない。ルイスの赤い瞳がアレストを見上げる。

「……どうした、あいぼ……」

言いかけるが、アレストは首を横に振った。

(ヒントを与えてはダメだ。どういう状態なのか分からない)

「ええと、あんたの名前……なんだっけな。呼ばなきゃとは思っていたんだが。……あんたの名前、俺に教えてくれよ」

「ルイス」

「ルイス……ルイス、ルイス……うん、そうだな。たしかそんな名前だった」

「あなたの名前は何?」

ルイスに名前を聞かれた。アレストは紫の瞳を見開いた。

「……まだ終わってないのか」

盛大なため息をついてルイスの向かいのベッドに座り込む。

「いや、そんなはずはない。たしかにあれは消滅した。さっき背中も見た……」

またぶつぶつ言ってしまう。

「どうしたの?」

「ん?なんでもないさ。それより俺の名前だったな。ええと……俺はア……。

おっと、もう忘れちまった。たしか1時間前にアイツから聞いたんだがな。そのアイツの名前も思い出さないわけだが」

「忘れた?自分の名前を?」

「あぁ、俺は人の名前と顔をすぐに忘れちまうんだ。悪いね」

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