第23話


〜朝 アレストの部屋〜


「……ん……?……あら?リ……」

「リヒターです。ルイス、起きましたか」

「私……夕食を食べてからの記憶が無いわ」

「ぼっちゃんの部屋の前に倒れていたんですよ。それをぼっちゃんがベッドに運んだんです。夜中まですすり泣く声が聞こえましたが……」

アレストはルイスのベッドに顔を乗せて眠っている。

「貴方が起きて良かったです。ぼっちゃんもすぐに起きるかと。それでは私は朝食を持ってきますね」

「あ、まって。リヒター」

「何ですか?」

「ぼっちゃん……の名前を教えて?」

「……アレスト、です」

「ありがとう」

リヒターが小さく息をついて朝食を取りに部屋を出た。

「あ……あいぼ……」

「アレスト。起きたわよ」

「相棒?え?……はっ……生きていたのか」

「勝手にころさないでよね」

「心配した……」

「ふふふ」

「あ……あんたの名前……」

「ルイスよ」

「うん、そうだった。ルイス」

アレストが柔らかく笑う。

「あんたがルイスで、俺がアレストだ。そうだ。ふふふ」

(当たり前のことを言っているだけなのに)

(それが認識できることが)

(こんなに嬉しいなんて)

記憶がおかしくなったのは不便だが、アレストの気持ちが分かるようになったのは嬉しい。そんなことを考えてしまう。


しかし、砂時計は確実にルイスの記憶を蝕んでいった。

ルイスが倒れて怪我をした日から1週間後、アレストの部屋で……。

「相棒って呼ばれるのは嫌じゃないわよ。でも、あの日負けたことを思い出して悔しいわ」

「すまないね……」

「え?」

「すまない」

アレストが珍しくルイスに頭を下げたのだ。ルイスは驚いて目を見開く。

「そんなに頭を下げることかしら!?な、泣いているの!?」

「……」

「いいよ、もう。気にしてないから」

「……相棒?」

「ふふ、みっともない顔。涙拭いてよね。そんなことより明日の作戦立てましょう?病気のせいで戦闘には出られないけど騎士団の会議には出なきゃならないし」

「すまないね……」

「なによ?あんた、ほんと最近おかしいわよ。気味悪いわね……」

「うん……ごめん、ル……」

「え?また名前忘れたの?もう……仕方ないんだから。私の名前は、ル……。あれっ、なんだっけ、思い出せない……」

「っ!!!」

アレストがルイスの肩を掴む。

「あ……アレ……?あんたの名前も……思い出せない……?」

アレストがハッと息をのみ、崩れ落ちる。

「相棒!相棒!!名前を!名前を!!あんたの、あんたの名前を!!!俺の名前を!!思い出してくれ!!!

両手で顔を押さえ、ガタガタと震えている。

「ど、どうしたのよ!?」

ルイスがアレストの肩を抱く。ヒューッ…ヒューッ……呼吸の仕方を忘れた、か細い息。

ピシッ……。ガラスの割れる音がした。アレストの黒く塗った爪から砂がこぼれ落ちる。

「砂が……!」

まずい。砂がこぼれると大洪水になると伝承で。

「どうしちゃったのよ!?気をしっかり!!」

ルイスがアレストを揺さぶる。アレストは心がここにないのか虚ろな目をして真っ青な顔をしている。どうすればいい?こうなったとき、何をすればいい?私は何も知らない。

外で雷の音が聞こえる。嵐になる。

そのときだった、リヒターが扉を蹴って入ってきたのだ。

「ぼっちゃん!……ルイス、これを!」

リヒターがルイスに渡したのは、細い腕輪だった。

「なによこれ……細すぎるわよ!?」

「いいから右腕につけてください!私がおさえていますから!」

リヒターが震えているアレストを押さえつける。アレストの黒い爪が砂で見えなくなる。ルイスはその光景に恐怖を覚えた。

「っ……」

細い腕輪を力任せにアレストの手首に巻く。そして止血するときのようにキツく締め上げた。

「あぁああ゛っ!!!」

悲痛な叫びが上がる。

砂は出なくなった。

「間に合って良かったです。ぼっちゃんの指から出る砂の量が増えていたから、少しの刺激で決壊してもおかしくないとは思っていましたがこんなことになるとは」

「……」

「ぼっちゃん、もう大丈夫ですよ。もう右手はほとんど使えないかもしれませんが……」

「リ……」

「リヒターです。アレストぼっちゃん、前に話していた腕輪は効果があるようです」

「砂が止まったのか……良かった……」

ルイスはアレストの右手を見た。ひくひくと震えてはいるが、あんなに締め付けていてはいずれ動かなくなるだろう。思わず手を伸ばして腕輪を取ろうとするが

「よしてくれ」

眉を下げたアレストに左手で止められた。

「こうでもしていないとすぐに砂が出ちまうからな」

「それは……私のせいよね……?」

ルイスと話していたときにアレストの砂時計が欠けたのだ。

「私のせいで、アレストの右手が使えなくなるのは嫌だわ!」

その言葉にアレストが驚く。

「あんたのせいじゃないさ。気にしないでくれ。いずれこうしないといけないのは分かっていたからねェ……」

目を細めて笑う。ルイスはその表情を見て何も言えなくなってしまった。

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