第12話

〜朝 アレストの部屋〜


「ぼっちゃん!」

「あ……オハヨウ。従者サン?」

「はい。おはようございます。着替えをお持ちしました」

「む」

アレストが袖に腕を通そうとするが、なかなか入らない。

(ヤバ。夜に相棒と走り回って、酒場で肉を食べているから体の肉が……)

「入りませんか?太ったと言うよりは筋肉がついたように見えますが」

「だいじょ……おおっ!?」

無理やり入れた胸元を止めていたボタンが弾けてリヒターの額に当たった。

「いたっ……」

「おっと、悪いね」

「ぼっちゃんもヴァンス様と同じように胸元を開ける服を用意した方が良いですか?」

「父上はほぼ上裸じゃないか」

「そんなことはありません。布を巻いていますから」

「あの布は風通しが良さそうだよな。俺もあれがいい」

「本来代々シャフマの王子は白い王子服を着ると決まっているのですが……。入らないのなら仕方ないですね。ヴァンス様に相談しておきますね」

「よろしく頼むぜ」



〜昼 食堂〜


アンジェ、ベノワット、ルイスが並んで座っている。3人の前にはオムライスが。

「美味しい卵だわ」

「アンジェの父上が仕入れたんだろう?すごいな」

「お父さんはお母さんの作る卵料理が好きだったのよ。だから卵の話に目がなくて……」

3人で談笑していると、アレストが音もなく近づいてきた。

(シーッ……)

アンジェとベノワットに目配せをしながらルイスの後ろに立って、目元に手を……。

「ちょっと、アレスト!」

「うぐっ」

イタズラを仕掛ける前に腕を掴まれてしまった。

「バレバレよ」

「くくっ、あんたには敵わないねェ」

腕を挙げて「降参」のポーズを取る。

「俺も今から飯なのさ。一緒に食おう」

そう言ってベノワットの向かい……ルイスの隣の椅子を引く。すぐにメイドが大盛りのオムライスを運んできた。

「美味しそうなオムライスだねェ」

上機嫌で大きなスプーンに掬う。何度か噛んで濃いピンク色の舌で味わう。

「ふふ……」

目を細め、口角を上げ、頬を上気させる。

「美味しいねェ」

恍惚な表情だ。


ガツガツ食べるアレストの向かいに座っているベノワットが腰のバッグに入れていた紙を取り出した。

「次の任務はかなり西の方の街で行うのか」

「西?」

「ルイスはたしか西から来たんだよな」

「そうよ」

ベノワットの言葉に頷くルイス。

「ルイスの故郷!たしか、ツザール村ってところだったかしら?」

「ツザール村よ」

「ツザール村はシャフマの一番西の村だな。そんな遠くから来たんだな」



〜夜 アレストの部屋〜


砂時計をなんとかする2人だけの会議も何度目か曖昧になる程度には数を重ねていた。

(そろそろ進展が欲しいところだが)

ルイスから、あまり情報がない。

(ただの娘だから仕方ないよな)

とは言え、アレストだって王宮から出られないのだ。調べられることは調べ尽くしてしまった。ラパポーツ公が隠しているであろう書物まではたどり着けないが。

「そういえば、あんたは故郷が西の方だって昼間話していたな」

アレストが言う。

「私の出身の村はシャフマで一番宗教的な村だと思うわ」

「宗教的?」

「砂時計の信仰が強いのよ。ツザール村は」

「……」

この話は、砂時計に関わるかもしれない。アレストがルイスの目をちらりと見る。

「へぇ、相棒はそのツザール村が故郷なのか」

「そうよ。砂時計が創られた村」

「砂時計が創られた地、か。くっくくく……そこに行けば俺の砂時計のことを詳しく知れるかもねェ」

「教えてくれないと思うわ」

「何故?」

「あの村は砂時計を信仰しているのよ。だから仕組みとか……『神様』が絡んでいないことは知るのが難しい。あの村では人間が創ったことにはなっていないのよ」

「……」

「でも私は知っているわ」

「本当か!?」

「創り方なら、ね。亡くなったお父様が保管していた書に載っていたの。お父様は砂時計が二度と創られることがないように亡くなる前に書を焼いていたけど……」

アレストがにやりと笑う。

「あんたはそれを盗み見たんだな?ふっふふふ、悪い子だねェ……」

「……私には弟がいるのよ」

ルイスが俯く。ポニーテールが揺れる。

「砂時計の信仰を伝えている男の子よ。村ではそういうことは珍しくないの」

「どういう伝え方だったんだ?」

「それはわからないわ……」

「弟なのに、か?」

「弟は神的な存在だったから正体が隠されていたの。本当は私がやる予定だったのだけれど、私は女だから役目を果たせないという理由で……男である弟に役目が行っていたみたい。会ったことはないわ。顔も分からないからすれ違っていても分からないけど。向こうも私のことは知らないはずよ」

「それでも弟だったのか?」

「そりゃあ、そう説明されていたからそうでしょう。会ったことがなくても血が繋がっている人がいるのは頼もしいものよ」

ルイスが苦笑する。

「私……弟が気の毒でたまらなかったの。砂時計がなければ一緒に幸せに暮らせたかもしれないのにって、ちょっと思ってたわ。村で……いえ、シャフマで砂時計を否定するのは悪いことなのに」

「……」

「もちろん弟が過酷な環境にいるかも、不幸かも知らないわよ。けど、普通の人間としては扱われていないでしょうし……そう思うと、砂時計って本当にいいものなのか分からなくなって。それで、砂時計のことを調べていたの。お父様には内緒でね」

(……砂時計があることで普通に生きられない、か。相棒の弟と俺は同じような存在かもな)

「そうしたら、創り方が分かった。……壊し方は分からなかったけど」

アレストの目が泳ぐ。

(創り方……砂時計の再現ができたら仕組みもわかるんじゃないか?俺の時計の砂が落ちきった時、何が起きるのかが分かれば……)

自分がどうしたらいいのか分かる。


「なぁ、相棒」


「……砂時計の創り方を俺に教えてくれないか?」


「試したいことが……あるんだ」

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