第10話

〜朝 王宮 アレストの部屋〜


「……ん?」

朝、目が覚めたアレスト。いつも通りベッドから起きたのだが、指に違和感があった。

「……」

ざりっ……。砂の粒が少しだけ、指にまとわりついている。

「なんだこれ」

窓は開いていないはずだ。昨日は一切外に出ていないし。

「風で飛ばされてきた砂だよな?」

王宮外で活動していた騎士団とすれ違ったときについたのだろう。着替えたはずだが。

(……まさか俺の体から漏れている?)

(そんなわけ、ないよな)


ーあと4年もないのよ。


ルイスの顔が浮かんでゾッとする。

砂時計に異変が起きているのかもしれない。

(とりあえず経過観察だよな)

しかし、砂の色と自分の肌の色は似ている。黄色っぽいのだ。

「爪に塗るものでもあれば……」


「爪に塗るもの?」

「あぁ、ルイスサンは持っていないか?」

「真っ赤なのはあるけど」

早速ルイスの部屋に行って尋ねてみたら、彼女が持っていた。

「それでいいぜ」

「塗ってあげるわよ。あんた、失敗して零しそうだし」

「ギャハハ!!たしかに俺は不器用だからねェ!!!……あんたに頼もうか」

アレストが床に座る。それを見て顔をしかめるルイス。

「えっ。王子でしょ?床なんかに座ってもいいの?」

「ん?」

「や、やめなさいよ!見上げるなんて」

「ふふふ、今更だろう?俺とあんたは背中を預け合って砂まみれになりながら闘っている仲じゃないか」

「そうじゃないわ!今は王子服を着ているから……あっ」

アレストの表情が曇る。

「ええと、違うのよ。前にも言った通り、私は王族のことはなんとも思っていないわ。でも……」

「俺が砂時計の所有者だから、か?大丈夫さ。あんたは俺を踏みつけたりしないだろう?」

「そうね……」

ルイスも床に座る。向かい合う。ルイスがアレストの右手をそっと持ち、爪に赤い塗料を塗る。アレストの手のひらは大きかった。指も長い。爪はリヒターに切ってもらったのか、形が整っていた。

「次は左手よ」

「あぁ」

アレストの左の爪にも赤を塗る。

「良い色だねェ」

声が弾んでいる。

「あんたに塗ってもらえるなんて嬉しい」

ぽろりと出た言葉にルイスが驚く。しかし、もっと驚いているのはアレストの方だったようで、みるみるうちに頬が真っ赤に染まった。

「爪を塗っているだけなのに?」

「う。うん……」

他に言葉が出ないアレストが目をぎゅっと瞑って首を縦に振る。

「でも心配ね。砂時計の砂が体から漏れ出ているかもしれないなんて。見間違いだといいのだけれど。とりあえずしばらくはこの赤い塗料を爪に塗って様子を見ましょう」

「そうだな」




〜夜 シャフマ近郊の街〜


夜の討伐を終えたルイスとアレスト。

「軍師サン、賭博場に行かないか?」

「帰るわよ」

「くくっ……冷たいねェ」

帰ろうと歩き出すルイスの前に回り込む。

「なぁ、あんたに協力してやっているんだぜ。少しくらい俺に付き合ってくれても」

「勝手に着いてきているのはアレストでしょ」

「じゃあアレスとして頼む」

ルイスがアレストの顔をちらりと見る。楽しそうに笑っている。

「分かったわよ……でも私はお金を使わないわよ」

「いいぜ。来てくれ」

賭博場に入る。ルイスはもちろん初めてだったが、アレストは慣れた手つきで受付を済ませて席を取ってしまった。

「軍師サン。あんたは何を賭ける?」

「お金は使わないと言ったばかりよ」

「ふふふふふ、そうだったねェ。からかっただけさ。あんたは何も賭けなくていいぜ。その代わり、俺はあんた自身を賭ける」

「どういうことよ?」

アレストがルイスの赤い瞳を見つめる。

「俺が勝ったらあんたをもらおう」


「相棒、と呼ばせてもらうぜ」



結果は、アレストの勝ち。その日からルイスは不本意にも『相棒』と呼ばれるようになったのだった。

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