第9話

〜朝 王宮内〜


「アレスト様、おはようございます」

「おはようございます、アレスト様」

「どうぞ、こちらに。お着替えの時間ですよ」

「あぁ、おはよう」

頭を下げるメイドたちも全員許嫁だ。本来、メイド職は王宮にはなかったのだが、アレストの祖父かその前の代に許嫁が増えすぎたために導入されたものだった。

「ふぅ……」

「お疲れですか?」

「んん……。そうだねェ……どちらかと言うと、溜まっているから元気に入るのかもな。くくく……」

メイドの髪を撫でながら囁く。

(ところでこいつは誰だっけな……。メイド服を着ているからメイドなんだろうが)

ルイスと夜に討伐に行くようになってから、女と遊ぶことが減った。

(アイツは抱く気にならないし)

そういう気持ちにならない。下心よりもずっと子供心が刺激されるのだ。ルイスと並んでたたかっているときが一番楽しい。

(剣を振っているときは頼もしいくせに、ふとしたときの背中はすごく小さく見える)

(変な気持ちだ。あいつの背中でも直で見たら

分かるか?この矛盾の答えが)

「ぼっちゃん、朝食です」

「ええと……あんたは」

「リヒターです」

「うん、従者サンだ」

「……」

リヒターがアレストの頬を触る。

「この傷はなんですか」

「あ……」

昨晩の討伐で賊の攻撃が当たった時の傷だ。殴られたところが少しだけ腫れている。

「喧嘩した」

「誰とです。またメルヴィルですか?それともルイス?」

「ルイスサンは関係ないだろう」

「最近よく一緒にいるところを見るので。じゃあメルヴィルですか。あなたたち、私やベノワットかいないとすぐ殴り合いをするんですから」

「……そうだな」

メルヴィル・エル・ラパポーツ。彼は、アレストのことを嫌っている。

ベノワットと同じでメルヴィルは生まれたときから王宮に仕えることを強制させられている男だ。自由はない。それをアレストのせいだと憤慨しているのだ。

(当然だろう。だが、俺だって好きで王子なわけじゃない)

(あいつだってそれは分かっているはずだ。それでも我慢できないんだろう)

(もっと自由に生きればいいのに。と思うのは俺がこの性格だからなのかねェ)


大きな部屋の椅子に座ると、朝食が出される。いつもの流れだ。だが、今朝は違った。

「メルヴィル」

メルヴィルが座っていたのだ。アレストと同じで真っ白な服を着ている。いつも乱雑に縛っている緑の長い髪はセットされていた。

「チッ。ボンクラ、来ないのかと思ったが」

「俺に会いたかったのか?出待ちってやつ?」

「妙なことを言うなクソが。だから嫌だったんだ。お前と食事など」

「まぁあんたが俺を出待ちするわけないよな。リヒター、なんでこいつと同じ部屋で飯なの?あれ?リヒター?」

「しきたりだ。レアンドロ王家とラパポーツ家は代々朝飯を一緒に食う」

「はぁ……」

アレストがメルヴィルの隣に座る。リヒターは来ない。完全に二人きり。なんだか気まずい。

「ベノワットは?スティール家だってラパポーツ家と同じくらい名門だろう」

「ベノワットは朝の討伐だからいない」

「あ、そっか。騎士団も人がいないねェ」

「平和だからな」

「うん、いいことだ」

アレストがコーヒーに口をつける。

「にっが。砂糖無いの?」

「俺が全部使った」

「うそだろう?俺が使う分残しておけよ」

「黙れ。遅く来る方が悪い」

「……はぁ…」

アレストがため息をつく。

「チッ……」

「そう嫌な顔をするなよ。どうせ成人後はこのしきたりに従わなければならなかったのにいつまでも従わないからそっちの父上に連れてこられたんだろう。あんたの意思じゃないのは伝わっているからいいさ」

「ご馳走様」

メルヴィルがフォークを置く。

「……」

それを横目で見て、アレストはパンをちぎって口に含んだ。

「あんたのことは嫌いじゃないぜ」

「俺は嫌いだ」

「じゃあ殴ればいいだろう」

「それが出来ないから嫌いだと言っているんだ」

「ははは……そうだねェ」

(いつか、こいつが俺を本気で殴れる日は来るのだろうか)

(多分、来ないな。こいつはそういうやつだ)

(表面は冷たい癖に、心は近づいたら溶けるほどにあたたかい)

扉が閉まる音がした。メルヴィルが出ていったのだ。父には「王子が食べ終わるまで静かに座って待っていろ」と言われただろうに。

(あいつも俺と同じだ。ただの人間として生きたいだけさ)




〜夜 アレストの部屋〜


今日は夜の討伐がない日だ。ルイスがアレストと情報交換をしに部屋を訪れた。

「一度村に帰りたいところなのだけど、最近母上の病気が悪化して来て心配なのよ」

「もちろんそっち優先さ」

アレストは王子服の前のボタンを開けてベッドに腰掛けている。

「砂が落ちきった時、なにが起こるか。それが分かれば対処法に近づくわけだが」

「そうね……もう少し調べるしかないわね。ううん……」

ルイスが頭を抱える。

「そうだ。砂時計を見せて。なにか分かるかもしれないわ」

「背中の模様か。俺は見えないからねェ。ふふふ」

アレストが真っ白な服を脱ぐ。白いズボンを履いただけの姿になり、ルイスが思わず吹き出した。

「なんか間抜けな格好ね」

「髪は下ろしたんだが。ふふふ」

アレストがルイスに背中を見せる。白い背中には砂時計の模様が刻まれていた。

「赤い模様。それだけみたいね」

「うん……。くくくくっ」

「……」

「くすぐったいねェ」

「でこぼこしているわけではないのね」

ルイスは興味津々だ。

「ありがとう。この模様は特にヒントにはならなさそうだけど、やっぱり代々受け継がれているもので間違いないわ」

「シャフマの砂時計、か。あんたにはないのか?」

アレストが面白半分に言う。

「ないわ。あるわけがないでしょ」

「見せてみろよ。本当は隠し持っている可能性もあるだろう?ギャハハ!あんたがスパイだったりしてねェ!!」

「からかっているわね?いいわ、ないから」

ルイスが服を捲って背中を見せる。

「……」

(小さな背中だ)

白くて小さな背中。

(綺麗だ)

もちろん時計の模様なんてどこにもなかった。

「変なこと言わないで。シャフマの砂時計は1つしかないのよ」

「うん、分かったぜ」

ルイスが服を戻す。

「で、これからだけど……」

話し出すルイス。アレストはそれに相槌を打ち、砂時計の寿命のことを一緒に考えていた。

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