第8話

〜昼 アレストの部屋〜


「書庫の本は全て調べたが、砂時計に関わるものはなかった」

「そう……」

「父上が何も知らないわけだ。意図的に抜かれているんだろうねェ……」

「誰に?」

「考えられるのは書庫を管理しているラパポーツ公だ」

「メルヴィルの父親ね」

「しかし、あいつが砂時計のことを調べて何をしたいのかが分からない。もしかしたら父上が時計の寿命を知って悲しまないように……」

「だとしたら何?あんたは許すの?」

「……」

「アレスト、あんたお人好しすぎるわよ。ラパポーツ公がどこまで知っているは分からないけれど、王子がしぬかもしれないっていうのに詳しい情報を隠しているだなんて酷いと思わないの?」

「それは……」

アレストが視線を落とす。

「俺はいらない存在だから。あいつらは父上が無事ならなんだっていいと思っている」

意外な本心だ。ルイスはまだかける言葉を知らなかった。

「俺はこう考えたんだ。ラパポーツ公が情報を隠しているということは、父上に被害がいかない……つまり、大洪水にはならない」

「何らかの異変は起きるが、それは国を終わらせるほどではないんだろう。だから俺の時計を放置している」

「これはチャンスじゃないか?ルイスサン」

アレストがにやりと口角を上げる。

「一理あるわ。でも、向こうがなにかしかけてくる可能性も捨てきれないわよ」

「『俺』自体に価値があるかは置いておいて、か。そうだねェ……。そもそもあいつはシャフマ王国の砂時計の信者だ。なんとかして『続かせよう』とするかもしれない」

「それは無理よ」

ルイスがキッパリと言う。

「砂時計は絶対に再利用できないわ」

「随分自信があるじゃないか。何故だ?」

「……」

創り方があれだからだ。ルイスはまだそれを言えなかった。

「言いたくないか」

「ごめん、まだ言えないわ」

「……再利用ができないとなると、量産するかもしれないねェ」

「そ、そんなの」

「量産するために創り方を調べている可能性は?」

「そうね……それが一番、可能性として高いわ」

「俺の時計が止まることで災害が起きないのならば、俺の砂時計が止まった後に使う時計を量産するのもおかしくない。だがそんなに簡単に創れるものなのか?そこが分からないとな……」

「……」

「現実的ではないな。そんなにスケールが大きいことをしていると考えるよりももっと簡単に小さいところから見た方がいいか……」

アレストが喋りながら部屋を歩き回る。

「怪しいことがあったら報告するわ。あと4年もあるのよ。解決策はきっと見つかるわ」

「ふふ、そうだねェ」

アレストが心底嬉しそうに目を細める。




〜夜 王宮近郊の街〜


ターバンを巻いたアレストが酒場から出る。気持ちよく酔えたのだろう、口元には笑みが浮かんでいる。

「次は賭博場に行こうか……」

賭博場に向かおうと一歩進んだとき、視界の隅で見慣れたポニーテルが揺れた。

「……!」

ルイスだ。アレストはドキドキする鼓動を抑えながら後を追う。

(酒場の俺を良いと言ってくれたし、この姿で会っても問題ないだろう)

今度はこっちが驚かせてやろうか、なんて考えていると、剣がぶつかる音が聞こえた。ルイスが盗賊と剣を交えている。

「観念なさい!!」

「ぐっ……」

ルイスが勝ったようだ。砂の上に倒れ込んだ賊が拘束された。ルイスは息をついて、走ってきた騎士団のメンバー2人に引き渡した。

「こっちにいたわよ。お尋ね者」

「ありがとうございます!すぐに牢に入れます」

「ほら、こっちだ。来い」

(す、すごい。あんなこともやっていたのか)

アレストが黙ってルイスの後ろ姿を見る。

「いつまで見ているつもりよ」

気づかれていた。

「くくくくっ、気づかれていたか」

「他の人は気づかないかもしれないけど、私は一度会っているから。またお酒?」

「うん、今日は気持ちの良い夜だからねェ……あんたも飲むか?」

「飲まないわ。まだ仕事があるもの」

ルイスが紙を取り出して仕事を確認する。

「あと3人、か。さっきの賊の仲間ね」

「そいつらを捕まえるのか?いいぜ。俺も手伝おう」

「え?でもあんた、王子でしょ?たたかえるの?」

「もちろんさ!」

アレストが明るい声を出して得意げに胸をはる。

「たたかったことはないが、闇魔法は使えるはずだぜ」

「不安ね……」

「おっと、俺を信用していないな?ふふふ……」

アレストが酒で赤らんだ腕を上げる。

「……ふっ」

「ひゃっ!?」

砂の上に丸い焼き跡が出来た。

「あ、炎だったか。黒魔法が出たな」

「やっぱり私ひとりで行ってくるわ」

「待ってくれ!今は酒に酔っているから……」

賊を探しに歩き出したルイスの背中を追いかけるアレスト。


この日から、アレストはルイスの夜の討伐に同行するようになったのだった。

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