第6話

〜朝 王宮 食堂〜


「おはよう、ルイス!」

「おはよう。アンジェ。ベノワットは?」

「ベノワットは訓練場で槍を磨いているわ」

「さすがね。熱心だわ」

「リヒターから朝の討伐のメンバーに抜擢されたんだ、って張り切っていたわよ」

「朝の討伐……」

「実際にはパトロールのようなものらしいけど。朝から練り歩いて犯罪を抑止するとか」

「リヒターの提案?」

「いいえ、スティール公だって。ベノワットの父親よ。彼は騎士団長だから。でも、もう結構おじさんなのよね。だから自分で行けなくて、息子のベノワットを抜擢してくれってリヒターに言っていたのよ」

「なにそれ。ベノワットは納得しているの?」

「それは分からないけど……。シャフマの貴族ってほとんどが平民と混血しまくってるけど、スティール家とラパポーツ家は昔から純血を貫いているから。ベノワットやメルの父親の命令はかなり力があるわ。ベノワットは父に逆らえないんだと思うわよ」

アンジェの言葉に顔をしかめるルイス。

「……そういえば、アレストは?」

「さっき訓練場でメルと話しているのを見たわ。……って、え!?ルイス、アレストに何か用があるの!?」

恋の予感!とアンジェが目を見開く。

「叱りに行くのよ」




〜訓練場〜


「ギャハハ!ギャハハ!!やっぱりあんたはからかい甲斐があって面白いねェ!!」

訓練場の近くに行くと、アレストの笑い声が聞こえた。

「待て!ボンクラ!!斬ってやる!」

「その訓練用剣で、か???あぁでもそこそこ痛そうだな。俺、痛いプレイはちょっと……」

「クソが!!!」

メルヴィルの怒号が聞こえたと思うと、アレストが扉を思いっきり開けた。

ドンッ!!!

「きゃっ!?」

「んおっ!?」

扉から出てきたアレストとルイスがぶつかる。

「いてて……だ、誰だ?すまない……」

「アレスト……」

「なっ!?……ルイスじゃないか」

アレストが慌てて立ち上がる。白い王子服の裾が少し汚れてしまっていた。

「すまない。怪我はないか?」

「ないわ」

「それならよかった。いや、本当に悪かったね」

目を泳がせて言う。

「……」

「と、ところで何か用か?」

ルイスと話したくない、といった表情だ。昨晩の酒場でのことを聞かれたくないのだろう。

「あ、メルヴィルに用があるんだろう?そうだろう?おい、メルヴィル!ルイスが」

「違うわ。私はあなたと話したかったのよ、アレスト」

「ふぇ!?お、俺とぉ!?そうか、そうなのか、ええと……」

「……アレスト、やっぱり昨晩」

「うぉっとぉ!!ば、場所を変えようぜ。そうだ、俺の部屋でじっくりねっとり『仲良く』しようか……」



〜アレストの部屋〜


「……」

「……」

10分以上黙って座っている2人。

(しまった……絶対にバレている。どう誤魔化したもんか……別人だと主張するしかないよな……)

アレストの額には冷や汗が。

「アレスト」

「ひゃい!?」

「そんなに怯えること?」

「そ、そりゃあ……」

「私は別にいいと思ったわ」

「え?」

ルイスがアレストをじっと見つめる。

「あんたが、夜中王宮を抜け出して酒場にいることは悪いことではないわ」

「……ルイス」

(まただ……バレて怖いはずなのに、何故か胸があたたかく……)

じわり……あたたかい水のような物がアレストの胸の奥に広がっていく。

「でも、私が許せなかったのは……偽名を使って私を騙そうとしたことよ」

「……」

「あんたは自分が楽しいから遊んでいるんじゃないの?何でそこまで隠そうとするのか分からないわ」

「それは……」

(砂時計が割れたら困るから、と王宮に閉じ込められているからだ。抜け出しているのがバレたら大騒ぎになる)

(砂時計と俺の酒好きは別なのに)

アレストが黙り込むと、ルイスがため息をついてアレストのデコを弾いた。

「いてぇっ!?」

「アレスト!あんたは、もっと自分の好きなように生きなさい」

(俺の、好きなように?)

「酒場で酒を飲むのが好きならそれでいいじゃない。王子が何?関係ないわよ」

「……!」

そんなこと、言われたのは初めてだ。

「それから、あんたよく下品に笑っているけど」

ルイスの顔が近づく。ドキリとして目を逸らしてしまった。

「ほんとは全く楽しくないでしょう?バレバレなのよ!」

「……!?」

「王宮は嘘だらけだから、ベノワットやアンジェが気づかないだけよ。私はすぐに分かったわ。こんなこと言うつもりはなかったけど、昨日酒場にいたあんたを見て……本当に笑っているあんたを見て……王宮のアレストよりも酒場の『アレス』の方が楽しそうにしているのを見て……言いたくなった」

自分でも気づかなかった。


ーぼっちゃん!そっちは段差が!危ないですよ!

ーキャハハ!りひたー!おれをつかまえてみろっ!

ー走ると危ないです!……あっ!

ーうわっ!?

ーあーあ、転んでしまった……大丈夫ですか?痛いところは……。

ーう、ううう……

ーっ!?ぼっちゃん!!

ーうわぁぁーん!!いたいよー!!ちちうえー!ははうえー!!!

ピシッ……

ーい、いけない!砂時計が!


ーやはり部屋に隔離しておくべきでしょう。

ーラパポーツ公!それはあまりに気の毒です!ぼっちゃんはまだ3歳の男の子ですよ!

ー王子が何歳だろうと、すぐに時計が割れるのは大問題だ。下手したら大陸ごと沈むんだぞ。

ーで、ですが……。

ーこの案件は国王に報告する。忙しくて王宮に戻れないヴァンス様は知らないことだからな。

ー……。


ーらぱぽーつこう……りひたー……。大丈夫……。


ーおれはもうなかないよ。


ーだから、おそとであそびたいよ……。


ーとけいをわって、ごめんなさい……。



(そうだ……俺は、あのときから……泣けなくなった……)

(代わりに笑うようになったんだ。痛くても、辛くても、全部笑い飛ばせば、時計は割れないから)

(だが、泣きたい時だってある。笑って誤魔化すうちに、いつの間にかそれすらも分からなくなっていたんだな)


「アレスト、泣いているの?」

「……ん?いいや、泣いてなんかいないさ」

「でも、涙が」

「……ふふふ、なんでもないぜ」


(だが、俺は泣けない。砂時計がある限り。泣いたら、皆をころしちまうから)


「……面倒ね」

「っ、わ、悪い」

慌てて涙を拭う。

「違うわ。アレストのことじゃなくて」

「え?」

「単純明白に生きていきたいあんたを邪魔する、砂時計のことよ」


「る、ルイス!?!?」


何故、それを。

アレストは驚いてルイスの肩を掴む。

「……やっぱり本当なの?」

シャフマ王国の伝説なんかじゃなく、幻なんかじゃなく。

「存在するの?永遠の砂時計は」

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