第4話
〜朝 食堂〜
「それで、結局昨日はなにも言えなかったのね?」
「うん……」
「アレスト、君は……」
「何も言わないでくれ、自分でも信じられないんだ」
「分かった……だが」
「言うなって……」
アレストが大きなため息をつく。
「せっかく良い感じにしようと思ったのに」
「うぅ……俺としたことが」
「もう!!もどかしいわね!!!」
アンジェがアレストの肩を持って揺さぶる。
「結婚のチャンスなのよ!アレストが恋をするっていうことは、シャフマ王族が続くってこと!つまり、この国が安泰……」
(あぁ、そうだった)
(忘れかけてた。俺が恋をするということはつまり次期王子を産むということ)
(それは嫌なんだよな)
アレストは、子を作りたくなかった。
何か明確な理由がある訳では無いが、砂時計を継承したくないという気持ちが常にあるのだ。
忘れもしない、10歳のときだったと記憶している。
(あの日はたしか、ベノワットと隠れんぼをして遊んでいて、メ……の父親、ラパポーツ公の部屋に忍び込んだんだ)
(そのとき、妙な気配を感じた。何を言っているかは分からないが、声が聞こえた気がした……。恐ろしい声だった)
(あのときから砂時計の継承の話をされると嫌悪感が体を駆け巡る)
(俺は砂時計の継承をしたくない。それをしたら、恐ろしいことが起きる気がしてならない。それがなにかは分からないが……)
「アレスト?」
ベノワットの声で、ハッとして顔を上げる。
「ん?」
「そんなに思い詰めなくてもいいぞ。まだ時間もチャンスもたくさんあるんだからな」
ベノワットがアレストの頭に優しく手を置いて撫でてくれる。
「……ありがとう」
(俺は恋ができない、のに。こいつらは……)
アンジェとベノワットが楽しそうに話している。
(軍師サンのことは諦めないと、ダメだ)
分かっているのに。
(……今目の前に来たら、きっとまたちょっかいをかけたくなっちまう)
決意が揺らぐ。
〜夜 ベノワットの部屋〜
「ベノワット、いるか?」
「あぁ。その声はアレストか?」
ベノワットが扉を開ける。
「寝巻き姿、久々に見るぜ」
アレストが言うと、ベノワットが「俺もだ」と笑った。
「なにか相談か?」
「話をしに来たのさ」
アレストが部屋に入る。ベノワットが静かに扉を閉めた。
「ルイスのことだろう?」
「いや、まぁ間接的にはそうだな」
「アレスト、ルイスが来てから明るくなったな」
「え?」
「本気で笑うようになっただろう。子どもの頃に戻ったみたいだ」
「そ、そうなのか?」
自覚がなかった。
「ルイスといるときのアレストは嬉しそうだからな。許嫁たちの不評を買わないように気をつけながらプロポーズをしてくれよ」
王宮の空気が悪くなったら困る、ベノワットが苦笑する。
「許嫁が王宮に送られるようになってからだな、アレスト」
「……」
「王族として子を残さなくてはならないという重圧が苦しくなったのか?俺も貴族だからなんとなくは分かるぞ。君とは比べ物にはならないが……」
「……そうだ、その話をしようと思っていたのさ。あんたしか知らないだろう?」
「ははは、俺はアレストが産まれる前から王宮にいるからな。2年先輩だ。子供時代の話をしに来たのか?」
ベノワットが自室のベッドに腰を下ろす。アレストも隣に座った。大きな男2人が座ると、やはり狭い。
「君の絵でも見るか?知りたいことが残っているかもしれない」
絵で。王族はなにかがある度に専属の絵師に描いてもらうのだ。
「ふふ、そんなところに載っていたら困ることさ」
「もしかして、君がヴァンス様の食事に虫を混入させて大騒ぎになったことか?」
「なっ!?なんだそれ!?」
「覚えていないのか。はは、無理もない。たしか君が6歳か7歳の頃だったからな」
「うおっ……父上、よく俺をころさなかったな……」
「笑い飛ばしていたぞ。君の明るさはヴァンス様の血だろうな」
「…ふふ、そうかもねェ……」
ヴァンスに似ている。アレストが言われて嬉しい言葉の1つだ。
「で、何の話だ?」
「あぁ。精通は何歳だったか、とふと思ってねェ」
「……」
ベノワットが顔をしかめる。
「何故そんなことを」
「いや、あの時からだろう?許嫁が送り込まれて来たのは」
「それはそうだが……」
「あ、聞き方がまずかったな。たしかアンジェが来たのがその直後だった気がするから……アンジェが来たのは俺がいくつの時だった?」
「あのな……」
頭を抱えるベノワット。アレストは破顔寸前だ。
「そう聞かれなくて良かった。答えが違うからな」
「え?そうだっけ?」
「アンジェが来たのは君が10歳の時だ」
「ふーん……」
(そんなに前から許嫁がいたのか。まぁ子供の頃なんて許嫁の概念が理解できなかったから覚えていなくて当然だが……)
アンジェの場合は親が熱心だから、と説明するベノワット。
(それにしたって早い気がするが、まぁそんなものなのか?)
「精通は15歳のとき、ということにはなっているが……」
「そんなに遅くないだろう?さすがにわかるぜ」
「……そうだな」
「ふっ……。あ、待ってくれ、思い出してきた」
ベノワットの表情を見たアレストが察してしまう。ベノワットが『報告』をしてくれたわけではない、それはそうだ。しかし彼しかしらないこともある。
「思い出したなら、いいな。言わなくて」
「……くくくっ」
アレストが口元に手を当てて笑う。
「し、しかし。そんなことを聞いてどうするつもりだ?」
「ん?気になっただけさ。許嫁が来るようになってから何年経ったのか、ってねェ」
「そうか。10年以上になるんだな」
「あぁ……」
何人の女性と関係を持ったのか分からない。何度避妊魔法を使ったか分からない。
(10歳の時、砂時計を継承してはいけないと思って)
(15歳の時、許嫁と寝て砂時計を継承しろと言われ)
(すぐに避妊魔法を覚えたんだったな。白魔法の本を読んでいたら偶然見つけて、練習をした)
(それから10年以上、女と寝る時は必ずこっそりと避妊魔法をかけるようにしている)
(これはベノワットにも従者サンにも父上にも……誰にも言っていないが)
「10年以上も子ができないんだな、アレストは」
「……!」
「いや、責めるつもりはないんだ。ただ、純粋に。そう思ってな。気を悪くしたならすまない」
「あ、あぁ。いや……」
(誤魔化すのも、きつくなってきたな)
10年以上だ。
(だが、俺は子を作ってはいけない気がする)
(その理由を知りたい)
(砂時計が継承されるのは悪いことなのか?)
「アレスト……。やはり、ルイスのことを思い詰めているだろう?」
ベノワットが心配そうにアレストの顔を覗き込む。
「10年、いろいろな女性と関係を持った君が初めて本気で愛せると思った女性なんだろう?だったら、その恋を叶えるべきだ」
ベノワットがアレストの手を握る。
「王族として子を残すことは重要だ。だが、それよりもずっと君の気持ちに素直になった方がいい。俺はそう思う。だから……」
「だから、ルイスを本気で愛すことは悪いことではない」
(あぁ……)
アレストは目を伏せた。
きっとヴァンスもベノワットと同じことを言うだろう。
(そうだ、そうだよな。そうなんだ。だから……だから俺は、ルイスを愛してはいけない)
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