第3話
〜昼 王宮入口〜
「ルイス、お疲れ様です」
「軍師って興味深いわね。リヒター、5日間ありがとう。良い修業になったわ」
「いえ、やはりあなたには才能があります。ぜひ騎士団の軍師を……」
「今から言おうと思っていたわよ。私、シャフマ王国騎士団の軍師になるわ」
「ルイス!あぁ、良かったです!」
「ルイス!帰ってきたのね!」
「修業、お疲れ様。元気そうでなによりだ」
アンジェとベノワットが帰ってきたルイスとリヒターの元に歩いて行く。
「アンジェ、ベノワット」
「お腹が空いたでしょ?これから食堂で……」
「ル……!!!」
アレストだ。偶然通りかかったのだろう。驚いた顔をしてルイスを見ている。
「今帰ったのか?」
「ええ」
「無事で何よりだ」
目を細めて笑う。
「ぼっちゃん、ルイスが分かるんですか?」
リヒターが目を丸くして言う。
「そういえばそうだな。5日も会っていないのに」
「ベノワットや私の顔、3日で忘れちゃうじゃない!ルイスの顔は覚えていたのね!?」
「え……あ、あぁ。そうさ」
アレストの目が泳ぐ。毎晩ハッキリと顔を思い出そうと枕を抱きしめながら唸っていたことは秘密だ。そのおかげで朧気だが記憶が留まっていたことも。
「アレストって、そんなに記憶能力が弱いのね」
ルイスが息を吐く。
「っ……」
(深刻だってバレたくなかったのに……。気味悪がられたら、嫌だ)
(……?なんでこんな事を思うんだ?別に許嫁でもない女に嫌われたってなにも不利益にはならないのに)
(やっぱり俺、変だ……)
「ごめん、アレスト」
ルイスが頭を下げる。
「えっ!?ど、どうしたんだ!?」
「私、あんたがふざけているんだと思っていたわ」
「……」
「忘れたふりして私をからかっているんだと思って。冷たくしていたわ、ごめんね」
「……!」
(な、なんだ!?す、すごく胸があたたかい……ポカポカする……)
アレストは思わず自分の大きな胸に手を当てる。
「アレスト?」
「あ……いや、いいのさ。それに、記憶喪失を演じているだけかもしれないぜ?ふふふ……」
「演じているの?」
「……記憶喪失は自分しか分からないからねェ……。アンジェもベノワットも、俺に騙されているだけ、かもしれないぜ?ギャハハ!ギャハハ!!」
「なによそれ。はぁ、謝って損したわ」
ルイスがため息をつく。
「ふふふ……」
アレストが満足そうに口角を緩めて笑う。
「もう、こんなヤツ放っておいて私と食堂に行きましょう!ルイス!」
「そ、そうね。ベノワットも行く?」
「俺も昼食がまだだったな。一緒に行こう」
(巻き込みたくない……)
(ルイスサンは、絶対に)
(これから俺が起こすことを知らないで幸せに生きて欲しい)
そして全てが終わったときに、自分を全て受け入れて欲しい。
(そのためにも、シャフマを終わらせないとねェ……)
(砂時計を。俺の体で、終わらせるんだ)
〜数日後〜
〜朝 アレストの部屋〜
「おい!ボンクラ!!」
ドンドンドン!!!扉を叩く大きな音。
「ボンクラ!!おい!返事をしろ!」
「あ……?なんだ?ええと、この声はたしか」
アレストが自分の部屋の扉を開ける。
「あんた、誰だっけな」
「メルヴィルだ」
「あぁ、そうだ。メルヴィルクン。なんの用だ?」
「……軍師殿のことだが」
「ん?軍師サンのこと?なんだ?」
「最近剣の腕が鈍ってきている」
「何故俺に言うんだ?本人に直接言ったらいいだろう」
「……」
「もしかして、ア……に何か言われたか?」
「なっ!?」
「カマかけのつもりだったんだが、図星かよ」
「違う!アンジェではなくベノワットが!……あ!」
「あんたほんとに嘘が下手だねェ……くくくっ」
「笑うな!クソが!」
「ベノワットもそんなことを言っているのか。どうせ俺と軍師サンとの接点を作りたいだけだろう?話題なんてどうだっていい」
「……」
「気持ちはありがたいんだが、俺はそこまで軍師サンと仲良くする気はないのさ。ほら、一応王子サマだし?平等に愛を与えなければならないだろう?」
アレストの表情が暗くなる。
「……お前が」
「ん?」
「お前が、俺たち以外で初めて『顔を覚えた』相手だから、貴重だと思っただけだ」
ぼそりと言う。
「……」
「チッ……」
メルヴィルが廊下を引き返す。
「あ、メルヴィル……」
「なんだ」
眉間に皺を寄せたメルヴィルが振り向く。
「ええと……ありがとう」
目を見ては言えなかった。
「フンッ……」
それはメルヴィルも同じだったが。
「何が『そこまで仲良くなる気は無い』だ。あいつ、毎日俺やリヒターに『軍師サンの名前』を聞いている癖して」
訓練場に向かう途中、メルヴィルは誰にも聞こえない声でそう呟いていた。
〜夜 アレストの部屋〜
「どうしたの?呼び出しって」
「ルイスサン」
「名前、覚えてくれたのね。……それとも今までのが演技だったのかしら?」
「ふふふ……」
本当はついさっき部屋に夕食を届けに来たリヒターに聞いたのだ。
「まぁ、入ってくれ」
ルイスはアレストの部屋に入ると、顔をしかめた。
「……真っ黒ね。全体的に」
「ふふふ、オシャレだろう?」
「全部真っ黒な家具なのが?あ、でも……」
ルイスが部屋の真ん中にある赤い椅子を見る。
「あぁ、あれ?あれは玉座さ。くくくくっ」
「玉座?」
「国王サマの椅子だぜ」
「アレストって王子よね?」
「そんな細かいことはいいだろう?それより」
部屋の扉を閉めたアレストがルイスに近づく。
「メ……から聞いたんだが、剣の腕が落ちているそうじゃないか」
「あっ」
「両立してもらわないと困るねェ……」
「そ、そうよね!それはそうだわ!気をつけるわよ!」
ルイスが激しく頷く。
「……で、ええと、それだけ?」
「……」
「わざわざ部屋に呼び出したのはその一言を言うために?」
「そ、そうだが」
アレストの声が震えている。
「そう……そんなに目に余っていたのね。はぁ……」
「いや、そうじゃないぜ。ええと」
「隠さなくてもいいわよ。やっぱり私、剣士向いていないのかしら」
(しまった。もしかして、変な勘違いをさせている?)
「ええと、違うんだ。俺はただ」
「いいわよ。正直に言ってくれて。うん、やっぱりまだまだ修業が足りないわ!私、今から訓練してくるわね」
ルイスが扉に手をかける。
(あ!)
(い、行って欲しくない!だが、どうすればいいんだ!?)
アレストは追いかける恋をしたことがない。どうしたらいいのか、分からない。
(せっかく部屋に呼べたのに、なにも……)
「ルイス!」
アレストがルイスの腕を掴む。
「……どうしたのよ、アレスト」
「う……」
「?」
「なんでもない。行ってらっしゃい」
泣きそうな顔で無理やり笑顔を作る。
「えぇ。行ってくるわ」
ルイスはアレストの気持ちに気づかず、剣を振りに出て行ってしまった。
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