第2話
〜シャフマ王宮 食堂〜
「……」
「アレスト、大丈夫か?最近元気がないようだが」
「ベ……」
「ベノワットだ。記憶の方も薄くなってきているのか」
「それは今に始まったことじゃないし遺伝だからいいだろう。それより、あの剣士サンはどこに行ったんだ?ここ2日くらい見ていないぜ?」
アレストが机に突っ伏してスプーンを咥えながら言う。
「あぁ。ルイスか。彼女は軍師修行をしにヴァンス様に着いて行ったんだ」
「軍師?」
「彼女は戦場をよく見ていて的確に討伐をしているからな。リヒターさんが軍師もやってみないかと提案して、ルイスもやってみると言っていたんだ」
「ふーん?」
アレストはつまらなそうに言う。
「ちょっと、聞いておいてそれはないんじゃないかしら!」
甲高い女性の声がして顔を上げると赤い髪をツインテールにした女性、アンジェが立っていた。
「ア……」
「私はアンジェよ!アレスト、ルイスのことが気になるの?」
「それって」
「きっと!」
「恋よ!!!」
「恋!?」
「……恋?」
「なんでベノワットの方が驚いているのよ」
「い、いやアレストはたくさん恋をしてきただろう?初恋なわけがないし……」
「そうとは限らないわよ!大人になってから初恋をする人だってたくさんいるし、アレスト、どうせあんた今まで関係を持った女性たちは遊びだったんでしょう?」
「遊びか、たしかにそうだねェ」
アレストは楽しそうに言う。今にも破顔しそうだ。
「その子たちと比べてどう!?ルイスに対しての気持ちは!!」
「こんな気持ちにさせられたことはないな」
「やっぱり恋よ!恋!」
アンジェがくるくると回る。
「あぁ!ついにシャフマ王国の変態王子に美しい恋を教えてくれるお姫様が現れたのね!!」
「変態って……たしかにそうだが」
「そうだがって!あんたたち酷いねェ!ギャハハ!ギャハハ!!」
盛大に破顔する。そういうところよ、とアンジェがぼやく。
「だが、恋が実るかは相手次第だな」
「そうね。ま、こいつは一応王子だから大丈夫でしょう。許嫁じゃないとは言え、王子から告白されたら好きになるわよ!た、多分」
「普通の王子なら好きになるかもしれないが、アレストだからな……」
尚も笑い続けるアレストを横目にベノワットとアンジェが話す。
「ふっ、ふぅっ……あ、あんたたち、面白いねェ……俺はまだ恋かは分からないんだが」「好きって思わないの?」
「好き?うーん、それがよく分からないのさ。俺は女は、場合によっては男も平等に好きだし抱けるからねェ……」
「だ、抱けるとかそういう話じゃないわよ!もっと根本的な部分!」
「ん?好きに性欲は関係ないのか?なら好きかもしれない」
「!?」
「俺、あいつで抜けな」
ガラガラガッシャーン!!!!!!!
漫画のような音を立てて、食堂の食器棚に置いてあった大量の食器が床に落ちた。ベノワットが駆けて行って給仕係と一緒に皿の破片を拾う。
「……」
「え?これ俺が悪いの?どう見ても偶然だろう?」
「笑いを堪えながら言うんじゃないわよ!」
〜夜 アレストの部屋〜
「ル…ルイスだっけっか」
アレストはさっき部屋に夕食を運びに来たリヒターにルイスの名前を聞いた。
「あいつがいる日は、あんなに教えてもらったのにねェ……何度も何度も」
顔が朧気になってきているが、黒いポニーテールということは忘れない。
「俺の名前もあんたの名前も。何度も何度も繰り返して」
「あの声は、聞いていて心が満たされていくんだ」
「あの声で名前を教えてもらうと、もう一生忘れないような気がしてくる」
実際は3時間で忘れてしまうが。忘れない気がするのだ。
「ふふふ、ルイスサン。ルイスサン……」
自室のベッドに座り、寝巻きのボタンを緩める。窮屈そうにボタンを押し上げていた胸が弾ける。前は全開がいい。アレストは深呼吸をするとベッドに寝転がった。
「ルイスサン…ルイス、サン」
こうやって唱えていれば名前を忘れない。紙に書いても記憶が難しいが、こうしていればずっと覚えていられる。
「俺の名前を呼んでくれ、ルイスサン」
その声で呼んで欲しい。
『なんで付きまとうのよ』
『悪いね。あんたのことが気になって頭から離れないのさ』
『……口説いているの?』
『違う。そういう関係になりたいんじゃない、と思う。俺にも分からない。だが、あんたと一緒にいないときはあんたのことを探してしまう』
『それ、名前を確認したいから?』
『!そ、そうだ!なぁ、あんたの名前を教えてくれ。それから俺の名前も。呼んでくれよ』
つい2日前のことが遠い昔のように感じる。ベッドの上で横向きになって目を閉じる。
(今まで、女性の顔を覚えようとしたことなんてなかった。それなのに、ルイスだけは特別だ。どうしてだろう)
アレストは、追われる恋しかしたことがなかった。
一国の王子、そして砂時計という『超人的な物』……それらの畏怖から近づいたり離れたりする人たちがほとんどだった。ベノワットやアンジェだって、砂時計を信仰する親から生まれている。
だが、彼女は違う。彼女だけは自分を腫れ物扱いしない。
「あとは髭面のオッサンだけだもんなァ」
リヒターには苗字がない。貧民街の孤児だったからだ。生まれた時は親に捨てられていたし、名前なんてなかったという。当時王子だったヴァンスがつけてくれた。何百回も聞いたことだ。
「しかし新鮮だねェ……26歳になってまさかこんな気持ちになっちまうなんて。もう少し生きてみようか、なんて考えちまうぜ」
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