第1話

〜朝 シャフマ王宮 アレストの部屋〜


「ぼっちゃん、聞いていますか?」

「うん、うん……」

若い娘たちに髪をセットされ、ズボンを履かされているアレストにリヒターが言う。

「今日は騎士団に新しいメンバーが入ります。名前はルイス。覚えてくださいね」

「ルイス……ルイス……うん、覚えた……ぜ」

うとうとしている。目を何度もぱちぱちさせて、眉がだらしなく下がっている。口がもぐもぐ動いているのは半分夢の中だからだろうか。美味しいものでも食べているのか。

「剣士ですよ。いいですか。黒髪の剣士です」

「うん……黒……」

「ぼっちゃん!!もう朝の10時です!!!」

「うっ……ねむい」

「眠いではない!!全く!あなたという人は!毎晩毎晩……」

「ふふ、なんだよ従者サン。俺が許嫁と『仲良く』しちゃいけないか?」

「そ、それは……」

「ギャハハ!ギャハハ……ギャハ……」

ガクンと首が落ちる。娘たちが慌ててアレストの体を支える。

「ふぅん……あんた、いい体をしているねェ……どうだ、今夜」

「ぼっちゃん!ベノワットたちが待っています。騎士団の新メンバーに挨拶をしに行きますよ!」

リヒターはアレストを担いで中庭に出た。




〜中庭〜


「アレスト、リヒター。待っていたぞ」

「おっと。父上もいらっしゃったんですか」

「リヒターさん、アレストは俺が持ちますよ」

「ベノワット……俺を荷物かなにかと勘違いしているのか?」

リヒターはベノワットにアレストを持たせて、国王ヴァンスの前に跪く。

「遅れて申し訳ございません。ヴァンス様」

「リヒターが謝ることではない。アレスト」

「……ふふふ、父上」

口角を上げる。ベノワットに担がれているアレストのブーツが片方落ちる。

国王ヴァンス。彼は綺麗に焼けた褐色の肌と何ヶ所にも刻まれた大きな傷、金の瞳、そしてアレストと同じ真っ黒な髪。馬に乗ってたたかう魔術師。大きな男性だ。

「すまなかった。少々準備に手間取ってしまってねェ……」

アレストが言うと、ヴァンスが目を閉じて頷く。

「わかった。以後気をつけるように」

「くくっくくく……アリガトウゴザイマス」

リヒターがさっと立ち上がってアレストの尻を叩く。「いでっ」低い声。

アレストは下を向いて破顔していた。なんとか下品に笑うのは堪えていたが。

「では、わたくし……騎士団長リヒターからシャフマ王宮騎士団新メンバーを紹介致します」

リヒターがヴァンスの隣で紙を読み上げる。

「ツザール村出身、ルイス16歳です。まだ幼いですが剣の腕は村一番ということで、本日からこの騎士団に入っていただきます。ルイス、こちらへ」

ルイス、と呼ばれた少女が前に出る。

「アレスト、立てるか?」

「俺は赤子じゃないんだが。あ。ブーツが……おっととと……」

ベノワットがアレストを下ろす。窮屈そうに伸びをして、前を向いた。

黒髪のポニーテールの少女だ。赤い瞳が印象的な。

「……新しい許嫁か」

アレストが言うと、ベノワットが「そうだろうな」と返した。ヴァンスに聞こえないように。騎士団に送られてくる娘は全員アレストの許嫁だった。男性よりも数は圧倒的に少ないが。アンジェという赤毛の弓使いもそうだった、あいつは口うるさいんだよなとアレストが苦笑する。

「ま、許嫁なら誰だってやることは同じさ」



〜昼〜


「とは言っても、新しい許嫁サンが気になるねェ。今夜……明日の夜でもいいか、誘ってみるか」

朝なんとなく他の許嫁を誘ったことを忘れているアレストがルイスを見に、騎士団が練習している中庭に出ようと部屋を出る。

「あ!アレスト。今から部屋に行くつもりだったんだ」

ベノワットだ。

「ん?ベノワット。何か俺に用か?面倒なことはリヒターに言ってくれよ」

「ははは、面倒ではないぞ。ルイスのことなんだが……彼女は許嫁ではなかった」

「え?」

アレストが素っ頓狂な声を上げる。

「彼女は自分から志願して純粋に剣士になりたいという思いから騎士団に入ったんだ」

「ほ、本当か?本当にそんな女が?今どき、志願して騎士団員になる男だって成り上がり目的がほとんどなのに」

「本当だ。さっきリヒターさんがルイスの母親と話しているのを聞いたんだ」

「マジか!……ふふふふふ!!ギャハハ!!ギャハハ!!!面白いじゃないか!そんな物好きな女がいるとはねェ……」

シャフマ王宮騎士団に許嫁ではない若い娘が入った。

アレストはそれがたまらなく嬉しかった。

「さっそく挨拶に行ってくるぜ!」

満面の笑みで中庭に駆け出す。その足取りは軽やかだった。


(あいつが……ルイス)

アレストは彼女の後ろ姿を見つけた。広い中庭で一人、剣を振っている少女。黒いポニーテールが揺れる度に、アレストの心も揺れた。

(許嫁じゃない……最初から俺のものじゃない……そんな女なんて初めてだ)

今まで会った女性はみんなアレストに尻尾を振って近づいて来た。だが、彼女は違う。

(なんて声を掛ければいいんだろう。まずは挨拶だよな、よし……)

息を吸い込んで、目を細め、笑顔を作る。

「あんたがルイスサンか?」

アレストの声にルイスが腕を止めて振り向く。真っ白な王子服に身を包んだアレストを見ても動じずにまっすぐ赤い瞳を向けていた。

(ぞ、ゾクゾクするねェ……)

自然と口角が上がる。

「俺はシャフマ王国王子、アレスト・エル・レアンドロです。以後よろしく」

手を差し出す。

「ルイス・エル・オーダムよ」

(エル系統か。有力貴族のはずだが、許嫁じゃない。と、すると次女だろうな)

ルイスと握手をする。

「あんたが騎士団に入ってくれて心強いぜ」

「悪いんだけど」

「ん?」

「私は王子とか国王とかどうでもいいから。 挨拶は朝にしたはずだし、手を離してくれないかしら。剣の練習の途中よ」

アレストの大きな手を振りほどいて剣を握る。

「……」

心臓からキュッと音がしたような気がした。

(え……なんだこれ……俺、無視されてる?)

(っていうか、扱いが雑じゃないか?一応王子サマなんだが)

(ま、まさかこのまま放置?嘘だろう?)

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