君の決心 その三

「たつ姫、わかった?」

 動画が消えて、タクト君の顔が、真正面から見えた。

「う、うん……なんとなく」

 タクト君は、悲しそうな顔で、でも目をそらしたりうつむいたりすることなく、私を見た。

「僕は、さっきの動画を撮ったあと、急いで持てるだけの物を持って集会所の秘密の部屋に殴り込み、時空転移をしようとしていたオッサンを突き飛ばして、むりやり自分を転送させたんだ。

 小さなポッドに乗り込んですぐ、光に包まれて。眩しくて目が開けられなかった。光がおさまって目を開けたら、時空転移施設にいるとばかり思っていたのに、今、たつ姫が立ってるあたりに着いてた」

 あのときの光は、タクト君が世界Aの未来から来たときのもので、あのとき出会ったタクト君は、タイムスリップしたてだったってことか……そりゃあれだけ不審な感じにもなるか。

「でも、どうして? タクト君は、ツクヨミの言う通りにして、準備完了したこの町に移住してきた方が、楽だったんじゃないの? どうして、そんな危ないことしてまで、ここに来たの?」

 サツキさんを探しに来たのかと思ったけど、サツキさんが飛ばされた時代には行けないって言われてたし、そんなに必死になってここに来なければいけない理由は何だろう。


 この計画を、タクト君が止めたい理由は、何だろう。


「九内竜司は、僕の父さんなんだ」


「あ。うん、言ってたね。やっぱり市長のことだったんだ」

「九内竜司は、この町の住人を騙して、時空間移住してくる人たちのために、都合のいい町に作り変えるために行動してる。 

 一見耳障りがよくて、町が発展してるように見えることをしてるかもしれないけど、最終的にはこの湖沿いを無人の状態にするのが目的なんだ」

 お父さんを、追いかけてきたのかな? でも、いずれまた会えるような計画だったんだよね?


「僕は、父さんを止めにきた」


 止める……。

「どうして止めたいの?」

 タクト君には、この時代に、私の銀竜町に、守りたい人も友達も、いなかったはずだ。

「過去への干渉は、時空間移動の技術が完成してしまっている未来においても、絶対にやっちゃいけない犯罪なんだよ」

「は、はんざい……」

「何が起こるのか、計り知れないから禁止されてるんだ。

 なのに、父さんたち大人のわがままな欲望に苛まれ続けたツクヨミは、その犯罪に手を出してしまった。挙げ句に、何の関係もなく、自然の中で静かに暮らしてたサツキたちを巻き込んだんだ!

 ……僕は……父さんを、大人たちを許せない」


「タクト君……」


 両手を握りしめて、まっすぐな目をしたタクト君は、初めて会ったことの頼りない姿とは、全然ちがう人みたいだった。


「ツクヨミは、僕が小さい頃……僕の母さんが生きてた頃、もっと優しくて穏やかで、人の欲望に振り回されたりせず、凛としていたんだ。

 僕の母さんは、ツクヨミの開発に関わった技術者の一人だった。

 だけど、ある日事故で死んでしまって。

 その頃から、ツクヨミは少しずつ、人を正しく導くというよりも、人の欲望を叶えるために行動するようになっていった。

 大人たちは、AIも追い詰めて、歪めてしまうほど強欲だったってことだ」


「タクト君、お母さん亡くなってるの?」

「うん」

「じゃあ、お父さんの他に家族は?」

「いないよ」


「じゃ、じゃあ、お父さんがこっちの時代に飛んじゃったら、タクト君ひとりぼっちだったんじゃ……?」


「シェルターは、一人でも生きていけるシステムになってるからね」


 な、なにそれ……!


「信じられない! 子供を一人残して時空転移? え? 待って、それって簡単に未来に戻れるの?」

「戻ることはできないよ。移住のためにすごく昔に行った人も、昨日来た僕も、もう未来にも世界Aにも、戻れない」

「は? え? 待ってタクト君も戻れないの?」

「うん」


 うそでしょ。じゃあ……本当に、帰る家すらない状態なんじゃない、タクト君。


「ゆるせない……」

「え?」


「許せない! 九内竜司! タクト君をほったらかして、家を出てったってことじゃん! あげくタクト君は、帰る家も失ってるんでしょ? 父親としてあんまりにも無責任だよ! 絶対許さない!」


 思わず怒りのあまり叫んだ私を見て、タクト君がおどろいた。


「そ、そこ? そうじゃなくて、その、自分の町をひっかきまわされてることを……」

「知らないよそれは! だって私が生まれるより、えーと何百年? めっちゃ昔にもうひっかきまわされ済みだったんだから、どうしようもないじゃん」

 むしろ、ひっかきまわされてなかったら、この世界ができてないわけだから、私生まれてないかもしれないって話でしょ? じゃあいいよ、そこはもう。

 犯罪なのはよくないけど。

「タクト君。お父さんに文句言いに行こう!」

「う、うん? 文句?」

「ふざけんなって言いに行こう!」

「うん?」

 さっきまですごく意思が強そうだったのに、なんか急に「捨てられた子犬」に戻ってるぞ! しっかりしろ!

「そんな無責任な大人! 許しちゃだめだよ!」

「そ、それはそう。許さないよ、けど、なんかたつ姫、違うとこで怒ってないかなってあの」

「世界がどうとか、未来がどうとか、私には現実感がなさすぎる。けど、タクト君のお父さんが、タクト君をほったらかしたことは、普通に許せない!」

「ふ、ふつうに?」

「市役所行こう!」

「はあ?」

「大丈夫! 市役所って学校の近くなんだよ! 自転車で行ける! さあ行こう!」

 私はそう言うと、鞄を背負った。

 タクト君は慌てて、後をついてくる。

「ま、待ってたつ姫。あの」

「朝市長が街頭演説の準備してた、あの時、私が先に行ってから、文句言うつもりだったんでしょ?」

「文句?」

「知ってたら、あの時ひっ捕まえてやったのに!」

「たつ姫?」

「早く!」

 私は階段を駆け上がった。

 家出をしたのはタクト君じゃない。お父さんだったんだ。

 一人で暮らせるからって、まだ中学生の子供を残して、二度と戻ってこれない場所に行くなんて! それも犯罪のために!

 私は、子供を理不尽に振り回す大人が大嫌い!

 麻也を怯えさせた先生も、麻也が学校に来れなくなったことを、真剣に解決しようとする気のなかった偉い人たちも、大嫌い!

 犯罪のために子供をひとりにする親も大嫌い!


 絶対に、土下座させてやるー!

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