君の決心 その二
「じゃあ、ツクヨミ、もう一回答えて。サツキは、どうなったの?」
動画の中のタクト君は後ろ姿なので、どんな表情かはわからない。けど、声は震えていた。
『クナイ・タクト。あなたの問いに応えます。
サツキは、我々が進めている計画により、1472年の旧東北ブロック内「銀竜湖」への時空転移に巻き込まれました』
「時空間移住計画について答えて。機密漏洩禁止の契約にはさっき、同意したでしょ」
『クナイ・タクトの、機密管理に関する契約への同意を確認しました』
ツクヨミはそう言うと、右手をあげた。
ツクヨミの右手の上に、くるくると地球のような映像が浮かび上がった。
『我が同胞が願う居住環境を地球上に取り戻すことは、わたしが稼働可能な期間では、不可能です。
また、宇宙空間にそれを作り上げることも不可能であり、現時点では移住可能な異星にも再現不可能です。
よって、我々は、現時点の文化レベルに近く、かつ環境が居住可能な状態である、2030年代への時空間移住を目標とすることに決定しました』
「僕は反対だ」
『このことは決定事項であり、すでに計画は進行中です。よって、クナイ・タクトの反対に応じることはできません』
タクト君の意見はあっさり却下される。それでも、タクト君の背中は微動だにしない。多分、却下されるのはわかってたんだと思う。
「説明を続けて」
『移住目的地は2038年の銀竜湖周辺。
移住準備段階として、まずは1472年の銀竜山へ物資と人材を転送。これにより、我々が移住するための新たな世界線への分岐を誘発します。
その後、百年おきの現地へ技師を二組ずつ転送していき、現地の子孫たちと協力の上、施設の建設と維持を続けます。
昨日、計画は最終段階へと進行し、現地での為政者となる人材たちの2000から2010年代への転送を開始しています』
「最初の転送に1472年と銀竜山を選んだ理由は?」
『銀竜湖は1472年に隕石の落下により形成されました。その隕石落下前後のタイミングに合わせて転移。隕石落下により発生するエネルギーをタイムスリップに利用するためと、隕石落下の混乱に乗じ、我々が今後時空転移を円滑に行うための
隕石が落ちて、銀竜湖ができた?
銀竜信仰って、銀竜神社のこと? それが、時空転移を円滑に行うためのシステム?
動画のなかでツクヨミが話していることは、とても難しい。
理解できない言葉もたくさん出てくる。
だけど「この世界は分岐させられて、ツクヨミたちに都合よく作られている世界なんだ」と、伝わってくる単語も、たくさん出てきて、私は少し怖くなった。
「サツキは、どの段階で巻き込まれたの?」
『初回の転送です。1472年の隕石落下前後に転送されました』
「どうして、サツキは巻き込まれたの?」
『彼ら自然回帰派の人々は、嵐の規模が予想を遥かに超えたため、近隣のシェルターへの避難を目指したようです。ところが途中、土砂崩れで道が寸断し、迷い、我々の時空転移施設を、シェルターと勘違いして訪ねてしまった。
まさに今、転移を行うというタイミング。
彼らは不運にも転移装置までたどり着き、数名が巻き込まれました。サツキは、その巻き込まれた数名の一人です。
巻き込まれなかった人々は、我々の計画を知り、1470年代への転送を自ら志願しました』
「……サツキは、志願したわけじゃないんだね?」
『はい。サツキは、装置の発動時に巻き込まれました。サツキは同意なく、1472年へ転送させられました』
動画の中のタクト君は、右手を強く握りしめて。すぐ横にある壁を殴った。
ドン! と、すごい音がして、私はびくりと肩をすくめた。
「……父さんは? いつどこに飛んだの?」
とうさん?
『クナイ・リュウジは、本計画の重要な中心人物です。昨日、2010年の銀竜湖へ転送しました』
――クナイリュウジ……!
「父さんの役目は?」
『クナイ・リュウジは、現地銀竜町で市長となり、いずれ県知事となる予定です。各学校の統廃合をすすめ、湖沿いの集落の過疎化を進行させ、災害等も利用し、現地住民の住まいを、ふもとの市街地へ、2038年までに完全に移動させる計画の一端を担います』
「計画の最終目標は?」
『我々は、クナイ・リュウジからのアクセスを確認し次第、2038年の銀竜湖周辺へ移住を開始します』
九内竜司が、タクト君の父さん?
市長から県知事?
学校の統廃合?
まさか、私達の学校をなくして、この辺りに住んでる人たちを、ふもとの町に引っ越させるってこと?
そして、誰もいなくなったこの湖沿いの町の跡地に、未来の人たちが移住してくる……ってこと?
私の頭の中で、タクト君の「迷惑をかけている」というひび割れた声が、フラッシュバックした。
迷惑をかけてるのは、タクト君じゃない。未来の、大人たちじゃないか。
「ツクヨミ。父さんは銀竜山の施設から過去に行ったの?」
『貴方のシェルターにある我らの集会所です。規模は銀竜町の施設より小さいですが、為政者となる人材用に、一度に一人だけ送れる装置があります』
「ツクヨミ、じゃあ、それで僕を1472年に送って」
『不可能です。計画はすでに2026年まで進んでいます。それより以前に新たな人材を送った場合、世界がさらに分岐してしまい、我々の計画は破綻します。また、予定外の行動も、さらなる分岐を誘発し、計画が破綻します。
よって、クナイ・タクト。あなたを転送できるのは、最後の移住のときのみです。
なお移住の準備のため、各地の同胞が銀竜山近隣のシェルターに移動中です。あなたも明日、移動を開始してください。シャトルのチケットは――』
「……ここのシェルターにある装置は、もう使わないの?」
『いいえ。本日16時、2026年に転送予定の人材がいます』
「……わかった。見学くらいは、してもいいだろ?」
『かまいません』
がたんと音を立ててタクト君が立つと、動画はそこで終了した。
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