『敵を感知』 その五
私が口を挟んだことに、頼希がものすごく不満そうな顔をしてこっちを見た。
タクト君は、特に表情が変わらない。
「ん? たつ姫も一緒にいたんだな?」
「はい。昨日の帰り、グランドの横を通ったら、部活中の頼希に会ったんです。そしたら頼希が、どうしてお前ら二人一緒にいるんだとか、どうして私の家にホームステイすることになったんだ~とか言って、絡んできたんです。だから、ナビ……そのウサギが頼希を危険生物って判断したんです」
「べっ別に絡んだりしてねえよ……」
頼希の声は今までより動揺していて、勢いがなくなっていた。
「確かに、騒ぎを起こして逃げ帰ったのは悪かったと思ってる。そこはちゃんと謝るわよ。ごめんなさい」
頭を下げる。床が見えたとき、タクト君の慌てたような「ごめんなさい」という声が聞こえてきた。私につられて謝ったんだろう。
「けど、頼希が絡んできたから、騒ぎが起こったんだよ。危ない設定のままナビ……ウサギを持ち歩いてたタクト君も確かに良くなかったと思うけど、頼希もやたらと私たちに絡んでくるの、良くないと思う」
私がまくしたてるようにそう言うと、隣で松乃ちゃんがうんうんと頷いてくれた。
「頼希君、タクト君にたつ姫ちゃん取られてつまんないのかもしれないけど、大人げないよっ!」
ん?
松乃ちゃん? 今なんて??
「はあっ? ち、ちげーし! いい加減にしろよ松乃!」
「きゃー! 成瀬先輩、こんな感じなんですぅ昨日からあ! 危険生物なんです~!」
松乃ちゃんがわざとらしく怯えた声を出した。頼希は顔を真赤にして怒っているけど、成瀬先輩がいるので、こっちに歩いて来たりはしなかった。
「なるほどなるほど。解ったぞ!」
成瀬先輩は一人でうんうん、と頷くと、頼来とタクト君の間に立って、二人の肩に手を置いた。
「つまり、喧嘩両成敗だな! ふたりともそれぞれちょっとずつ良くなかったってことだ! さ、ふたり一緒に謝って、仲直りだ!」
成瀬先輩、多分どんな事情でもそう言うつもりだったでしょ。
「直る仲じゃないんで、無理です」
珍しく頼希が反論した。
「ふむ。じゃあ、どうしたら頼希は満足するんだ?」
「それは……」
成瀬先輩の言葉に、頼希が詰まった。
「コイツが……怪しいヤツじゃないって解れば……それでいいです」
「タクトは怪しくないと思うぞ」
成瀬先輩が小首をかしげた。
「怪しいですよ。ガスマスクにコスプレに、レーザービームですよ? 紙の教科書も、文房具も、給食も、初めて見ましたみたいなヤツですよ? 俺にはとても普通とは思えない」
「コスプレは文化です!」
松乃ちゃんが急に割って入った。う、うん。落ち着いて。
「だいたい、お前、あの湖で朝から迷子になってたって、どういうことだよ。あそこまでどうやって来たんだよ! 車も、自転車もない。この辺は、一番近い銀竜駅でも車で三十分かかるんだぞ。あの時間、あそこにいれるようなバスもないだろ!」
頼希の言葉に、今度はタクト君が詰まった。
確かに、あの時間にあの場所にいるには、車が必要だと思う。どうやってタクト君があそこに来たのか、私は気にしてなかった。
でも、タクシーとかあるしな。
「信用を得る必要があると。それは短時間では難しいな」
「天鞠!」
成瀬先輩の後ろから、天鞠先輩が声をかけてきた。
「とにかく、昨日のことはお互いに謝罪して、タクトが頼希の信用を得るかどうかは、これから考えたらいい。どうだ、みんな」
「さすが天鞠! 完璧だな!」
「俺は……」
天鞠先輩を絶賛する成瀬先輩をよそに、頼希はうつむいて、手を握りしめている。
頼希、本当にどうしたんだろう。いつも、こんなじゃないのに。
「あの、ごめんなさい」
タクト君が、もう一度謝った。
「僕は……僕がここにいることが、みんなに迷惑をかけてるんだ……ごめんなさい」
え? 何言ってるの?
みんながタクト君の言葉に困惑した。
タクト君の目が、さっき、私に「先に行って」と言ったときと同じような、暗い色になっている。
「タクト、そんなことは――」
「そんなことないっ!」
気付けば私は、成瀬先輩の声をさえぎって、叫んでいた。
「いるだけで迷惑な子なんていない!」
――めいわくかけてごめんなさい――
「たつ姫ちゃん……」
――ここに、いて、ごめんなさい――
二年前に、麻也が泣きながら言った言葉だ。
通学路の途中で立ち止まって、ボロボロ涙を流して、ようやく家に帰ってきたときに、玄関でそう言って泣いた。
あの頃、お父さんもお母さんも今より忙しくて、麻也と私は同じ小学校の一年生と六年生だったし、私が麻也を小学校に連れて言ってた。
でも麻也は、だんだん通学路の途中で泣き出すようになって、ある日ついに足が動かなくなった。
あの時、麻也が、何度も何度も言った言葉――
――えいわくかけて、ごめんなさい――
「たつ姫の言うとおりだ。必要以上の謝罪はするな。それに、そんな風に自分を否定するんじゃない、タクト」
天鞠先輩が、まじめな顔でタクト君を見つめて言った。
タクト君は、私の顔を見て、しょんぼりとうつむいた。
「頼希」
天鞠先輩に名前を呼ばれた頼希も、私の顔を見て驚いたような顔をして、下を向いた。
「言い過ぎた。悪かった」
頼希は、私になのか、タクト君になのかよくわからない謝罪をした。
「たつ姫ちゃん、教室行こう」
松乃ちゃんが心配そうに私の顔を見て、そっとハンカチを取り出してくれた。
「え?」
「涙、出てるよ」
松乃ちゃんのハンカチを受けとって、私はようやく自分が泣いていることに気付いた。
タクト君は、先輩たちにうながされて、私の後に教室に入ってきた。
今日も机をくっつけて、二人で授業を受けたけれど、一言も口をきかなった。
――そして。
タクト君が行方不明になったのは、一時間目の休み時間だった。
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