『敵を感知』 その四

 私を置いて自分で教室のドアを開けたタクト君だったけど、中に入るのかと思いきや、すぐに出てきた。

 出てきたというか、押し出されてきたというか。

 頼希がタクト君の肩を押し付けて、廊下に押し出していた。

「お前さ、昨日のあれ、何だったのかちゃんと話してもらうぞ」

『ライキの心拍・血圧の上昇を感知』

 タクト君が何か答えるより先に、ナビがそう言った。

「あ?」

 頼希がナビに気付いた。

 タクト君は、さっとナビの頭を握りしめた。

『キュウ』

 またかわいそうな声がして、ナビが停止した。

 多分、頭を握るとスリーブするんだ。もうちょっと他に方法あったんじゃないかな。

 頼希がナビをにらみつける。

「何だよ。それ」

「な、何でもない」

「何でもなくないだろ。お前昨日、その変な人形で、俺を殺そうとしたろ?」

 ――!

 頼希の発言に、廊下にいた子たちがざわざわし始める。

 教室の中からも、何人かの子が顔を出して覗きはじめてる。

「そんなこと、してない」

「じゃあなんて爆発したんだよ!」

「そ、それは……」

 もごもごとタクト君が口ごもる。

 野生動物への警戒モードで威嚇射撃しただけなので、殺意はないし、当たっても死ななかったよ! なんて、答えるわけにもいかないよね。

「ねえ頼希君! やめなよ!」

 教室の中から松乃ちゃんが飛び出してきた。

「うるさいな、お前に関係ないだろ?」

「私はタクト君に用事があるんです!」

「後にしろよ! 俺は昨日から待ってるんだからな!」

 ああもう、タクト君、大人気。

「頼希! そんな風にすることないじゃない。壁に押さえつけたりしなくたって、ちゃんと話すよ」

 私が口をはさむと、頼希は怖い顔のまま私をにらんだ。

「お前はちょっと黙ってろよ」

 だ、黙ってろぉ?

 何なのよみんなして……関係ないだの黙ってろだの……もう知らないぞ本当に。

 思わずカチンときて怒鳴りそうになったとき、険悪な空気をぶった斬る場違いな、明るい、大声が響いた。


「どうした! 二年は朝から元気がいいな!」


「成瀬先輩!」

 成瀬先輩が三年生の教室の方から、にこにこ笑って歩いてきていた。

 よく見ると、三年生の教室からも何人も生徒が顔を出してこちらを覗いている。その中に、天鞠先輩の顔も見えた。

「成瀬先輩、助けてください~! 頼希君が怒ってて怖いんですぅ」

 すかさず松乃ちゃんが頼希を指さして、先生に友達のいらずらを言いつける幼稚園児みたいな口調で言った。

「んなっ、松乃……!」

「どうしたどうした、頼希。僕が話を聞こうじゃないか。まずはほら、その手を放して」

「……はい」

 頼希は軽く突き飛ばすようにして、タクト君の肩から手を離した。

「よしよし! じゃあ二人から話を聞こうじゃないか。他の皆は、読書の時間だろ? さあ教室に入って!」

 成瀬先輩は、純度百パーセントの笑顔を、やじうまのみんなに向けて言った。

 この、眩しい成瀬先輩の笑顔に逆らえる子はいない。みんなおとなしく教室に戻っていった。

 松乃ちゃんは、こっそり教室から出てきて、私の横に立った。

「大丈夫? たつ姫ちゃん、元気ない?」

「大丈夫……だと思う」


「さて。どうしたんだ、頼希。そんなに怒るようなことがあったのか?」

 成瀬先輩は、笑顔のまま頼希を見た。頼希はバツが悪そうにしながらも、タクト君をにらみながら答える。

「昨日の部活のときに、コイツに襲われたんです」

「そんなこと、してない」

 慌てた様子で割ってきたタクト君を、成瀬先輩は片手で制した。

「襲われただなんて、随分じゃないか。さっきは殺そうとしたとか聞こえてきたし。一体、どういう風に襲われたんだ? 殴られたのか?」

「いえ。その、コイツの肩に乗ってる人形から、ビームが出て、爆発したんです」

「お、光と音と煙だけだから! 殺傷能力はないから!」

 成瀬先輩は慌てるタクト君の右肩を覗き込んだ。

「この、人形からビーム? 本当か、タクト」

「は、はい……その……警戒モードをオフにしてなかったもので……野生動物威嚇用の……光と音と煙が出るだけのものが……その」

「ふむ。よくわからないが、危ないものを学校に持ってくるのは良くないぞ、タクト」

 成瀬先輩が最もらしいことを言った。そう言えば、堂々と肩に乗せてるけど、アレクサみたいなものを学校に持ってきていいはずがなかったな……マスコット感が強いから忘れてた。

 スマホだって校内では使用禁止なんだし、リュックにしまわせた方がいいかもしれない。

「あ、危なくはないです。もう、ちゃんとオフにしましたから。頼希のことも登録したから、もう攻撃しません」

「登録ってなんだよ! 勝手に変なモンに登録するなよ!」

 頼希の言葉に、タクト君はちょっとショックを受けた顔になった。

「そ、そうか。勝手に登録してごめん」

 謝るんだ、そこ。

 タクト君の、絶妙に緊張感のない謝罪に、私と松乃ちゃんが揃ってコケた。

「なるほど。じゃあとりあえずタクトのウサギが、頼希にビームを出したのは本当なんだな?」

 成瀬先輩が話を戻すと、タクト君がふるふると首を横に降った。

「いいえ。ちゃんと無人の方向に向けたので、頼希にビームは当たっていません」

「こら! 当たらなきゃいいってもんじゃねえだろ! 当たってたらもっと許さねえからな!」

 頼希が反論した。まあ、その、正論だなあ。

「そうだぞ、タクト。当たっていたら大変だったんだ。ビームを出すのはいいこととは思えないぞ」

 ビームとかって成瀬先輩が言うと、急に現実味がなくなるな……。

 でもこのまま成瀬先輩にまかせておいたら、タクト君とナビが誤解されちゃいそう。

「頼希! そもそも最初に、頼希が私達に突っかかってきたんだからね」

 私はつい、我慢しきれなくて、口を挟んでしまった。

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