ぐだぐだホームステイ その三

 家に着いて、タクト君が最初にしたのは、家の庭にテントを張ることだった。

 我が家は湖沿いからは少し離れた集落の一角にある。家から湖は見えないけど、田んぼと畑と山に囲まれた自然豊かな場所だ。お隣と言える建物も、五十メートルくらい離れてる。

 この辺りの家は、元々はみんな農家さんの家だったものばかりで、建物そのものよりも、蔵があったり、大きな小屋があったり、家の周りの庭の方がめちゃくちゃ広かったりする。

 けど、我が家にあるのは必要最低限の小さな物置小屋と、ちょっとした家庭菜園と花壇と、カーポートくらいで、あとは特に何もない空きスペースになっている。

 その、特に何もないスペースの一画。リビングの真横にあたる場所に、タクト君はテントを張った。

 リビングの、全開にすると縁側になる大きな窓から、見慣れない白い丸いフォルムが見えている。

「変わったテントだよね?」

 麻也が、窓にはりついてタクト君のテントを見つめて言った。

 二階の自分の部屋で制服を脱いで、Tシャツとハーフパンツの部屋着に着替えた私は、麻也の隣に立ってみる。


 タクト君のテントは多分一人用で、そんなに大きくはないけれど、何というかそれでも、不思議だった。


 あのリュックは、どこに入ってたんだろう。


 タクト君のバックパックは確かに大きかったけど、どんなに大きくてもリュックでしょ? リュックに納まるテントってあるのかな?

 布も、つるんとしてるけど、しっかりとした厚みと硬さがあって、ちょっとした雨でも大丈夫そうに見えた。うまく言えないけど、お父さんがキャンプしたいって言いだして、一緒に見たネット通販で見たテントたちとは、ちょっと違った雰囲気なのだ。


「中、どうなってるのかなあ?」

 麻也がそわそわしている。

「お願いしたら見せてくれるんじゃない?」

「姉ちゃん、お願いしてよ」

「えー……うーん」

 確かに中は気になるけど。なんか言い出しにくいな。

「じゃあ、これ持って行って、ついでに見せてって言ってみたら?」

 振り向くと、キッチンからお母さんが、私の大好きなチューペットを凍らせたアイスを持って顔を出していた。

 チューペットを凍らせたアイスが、私は小さいころからずーっと大好き。ちなみにホワイトが一番好き。お母さんが取り出してきたのはオレンジだった。

 そう言えば、松乃ちゃんはこれを「ポッキンアイス」って言ってたし、頼希は「チューチュー」って呼んでたな。正式名称なんなんだろ。


 そんなことを考えながら、お母さんから受け取ったオレンジのチューペットアイスを持って、麻也と一緒に玄関から外に出た。

 テントの入り口に向かって声をかける。

「タクト君!」

 ……

 聞こえないのか、何の反応もない。

「タクトくーん!」

 ボスボスとテントを叩いてみると、ようやく入り口のジッパーが開いた。

「な、なに?」

 体操着姿のままのタクト君が顔を出した。

「おやつ」

「え?」

「これ、半分こしよ」

 そう言って、タクト君の目の前でアイスをポッキンと半分に折って差し出すと、タクト君は目をまん丸にした。

「な、なにこれ」

「え? 知らない? おいしいよ。チューペット」

「た、食べ物?」

「うん。甘くておいしいよ」

 はい、と差し出した向こうから、ナビの『未知の物質を感知』という声が聞こえてきた。そっと受け取ろうとしたタクト君が、触って冷たいことに驚いて、一度指をひっこめた。

「凍らせてるから、冷たいよ」

 麻也が心配そうに声をかけた。ちなみに、麻也はアイスクリームが大好きなので、チューペットは食べない。

「う、うん。ありがとう」

 タクト君は麻也にお礼を言って、そうっと両手で受け取った。

 私が自分の分を口にくわえてチューチューしているのを見て、タクト君も恐る恐る真似をする。

「つめたい」

 冷たいって言ってるじゃん。タクト君の素直すぎる反応に、心の中で突っ込んだ。

「おいしい?」

「う、うん。冷たくてまだよくわからない」

 うーん給食の時みたいにはいかないか。残念。

「ねえ、テントの中、どうなってるか見てもいい?」

「え?」

「あの、僕が見たいって言ったんだ……ご、ごめんなさい」

 麻也が慌てたように口をはさんだ。謝ることじゃないのに。

 タクト君はきょとんとした後で、ふるふると首を振った。

「見てもいいよ。何も、ないけど」

 そう言って、ジッパーを大きく開けて体を斜めにして見せてくれた。

 テントの中は、思ったより広く見えた。

 隅っこにバッグパックが置かれて、その横に寝袋らしきものが畳んである。そしてその上に、ナビがチョコンと座っている。

『タツキとマヤを感知』

 ナビから声がして、麻也が目をまん丸にした。

「えっすごい、僕の名前言った」

「うん、入力しといた」

 さらりと答えたタクト君を、麻也がキラキラした目で見ている。

 まさか憧れたりしてる? 麻也、それ多分、アレクサみたいなやつってことは、タクト君が作ったわけじゃ……

「すごいね、そのウサギさん、タクト君が作ったの?」

 やっぱりそう思ってた。んなわけ……


「あ、うん」

 

 あるんかい!

 あまりの驚きに、人生で一度もしたことのないような突っ込みが脳内で炸裂してしまった。


「すごい! タクト君天才なんだね!」

 はしゃぐ麻也を見て、タクト君はちょっと慌てた。

「あ、いや、えっと……キットがあって……それで作っただけだから」

「きっと? それがあれば、僕も作れる?」

 いやいやいや。さすがに小学生には難しいでしょ。

「もっともっと勉強したら、作れるようになるんじゃない? タクト君、数学すごく得意そうだったし。とりあえず、麻也は割り算をマスターしないとね!」

 私がそう言うと、麻也は一瞬むうっと口を尖らせたけど、すぐに立ち直って駆けだした。

「宿題やってくる!」

「おお~偉い!」

 タクト君のおかげで麻也が勉強がんばったら、タクト君、お母さんにも気に入られちゃいそうだな。

 家の中に走って帰っていく麻也を見ながら、そんなことを考えていると、タクト君がチューペットを完食して、空をながめていたので、私は手を差し伸べてその空を受け取った。

「そう言えば、タクト君、部屋着とかパジャマとかある?」

「え?」

 と、その時、車のエンジン音が響いて、家の前に一台の軽自動車が入ってきた。

 ドアが勢いよく開いて、お父さんが下りてきた。

「おったつ姫ただいま! その子がタクト君か! 道の駅に校長先生が来てな、タクト君の親御さんからだって、荷物預かってきたぞ!」

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