ぐだぐだホームステイ その二

 私が見たもの。

 タクト君をにらんだ頼希。

 それに反応したように、何かを喋ったナビ。

 慌てたタクト君がナビを、後ろに――多分、誰もいない方向に――向けた。

 ナビの目の辺りからピンク色の光線が出て。

 バス停にある、学校が設置したバス待ち用のベンチに光線が当たって。

 

 直後。

 ちゅどーんという音がベンチの方からして、煙がもうもうと上がり始めた。


 これが、今、一瞬の間に私の目の前で起きたこと。

 脳の処理が完全に追い付かない。

 あれだけ攻撃的な態度をとっていた頼希も、呆然としている。


「なんだ!」

「どうした?!」

「火事だ!」


 合同野球部の、三校の顧問たちが口々に叫びながら、こっちへ向かってくる。


「に、逃げよう!」

「へ?」

「早く!」


 タクト君は、呆然とする私にそう言って、走りだしてしまった。

「待って待って! 今の何?」

「ナビ! 警戒モードを解除!」

『警戒モードを解除します』

「警戒モード?」

「だ、大丈夫。あの、光と音と、煙だけだから……野生の野獣とかを威嚇するためのものだから」

「はあ?!」

 タクト君の言ってることが全くわからない。

 振り向いてみると「光と音と煙だけ」というのは本当のようで、ベンチは無事なように見えた。炎も見えない。

 頼希が先生につかまっているのが見えた。

 な、なんかごめん。

「もう、解除したから、大丈夫。危なかった……あれで、危険回避に、成功したと、判断されなかったら、本物の攻撃が……」

「はあっ?」

「も、もう、解除、したから」

 いやいやいや! 何さらっと怖いこと言ってるの?


 こんなこと、言っちゃいけないかもしれないけど、タクト君……やっぱり普通じゃないでしょ!

 変すぎるでしょ!


 曲がり角まで来て、赤信号で立ち止まると、タクト君は盛大にぜえぜえと息を切らせた。

 二人でよたよたと青信号を渡ると、向こうから見覚えのある車が走ってきた。

 七人乗りの、白いミニバン。

 あれは!


「たつ姫~!」

 後部座席の窓が開いて、麻也の声がした。

「麻也!」

 助かった! お母さんだ!

「お母さんの車だよ! 迎えに来てくれたんだ!」

「え?」

 お母さんの車は、一度通り過ぎてからUターンして、私たちのすぐ横に停車した。すぐにお母さんが下りてくる。

「たつ姫、お疲れ~。君がタクト君かな?」

 お母さんはそう言いながら、トランクを開けた。私は自分の自転車を、お母さんとふたりでトランクに積み込む。七人乗りの一番後ろの列のシートは、自転車を乗せるために倒されている。

 麻也が自転車が積まれる様子を、座席の向こうからみている。私と同じ黒髪と、真っ黒なアーモンドアイ。

 小さな顔が戸惑っているよう見える。

 タクト君のこと、急な話だし、知らない人相手で緊張してるんだよね、きっと。

 お母さんに手伝ってもらって自転車を積んだあと、私は自分の鞄を背中からおろしてトランクに乗せた。タクト君のバッグも大きいから、トランクに入れないと。

「タクト君、バッグ、ここに乗せて!」

 タクト君がおずおずとトランクの方に来て、バッグパックをおろしたとき、麻也とタクト君の目があった。

「タクト君、私の弟の麻也。麻也、タクト君だよ、よろしくね」

 私がそう麻也に声をかけると、麻也は、シートにちょっと隠れながら、小さな声で「よろしくおねがいします」と言った。

 タクト君も、麻也と同じくらい弱々しい声で「よろしく」と答えた。

「じゃあ、車に乗ろ。疲れちゃった」

 ひょろ長い背中をおして、スライドドアの中に押し込む。

 車の中はやっぱり、ひょろ長いタクト君にはきゅうくつそうに見えた。

「みんな、乗った? じゃあ行くよ~!」

 タクト君は、私の真似をしながら、よたよたとシートベルトを締めている。肩口から引っ張り出したまではよかったけど、留め具を見つけられないでいるようだったので、手を貸した。

「人が、運転するんだね」

 タクト君がそうつぶやいた。

「あら、もしかして完全自動運転のバスに乗ったのかしら?」

 タクト君のつぶやきを聞いたお母さんが、私が何かを言うより先に運転席から答えた。

「あれは、湖の周りを周回するだけで、まだ試運転中よ。この辺りの車がみんな、ああなわけじゃないのよ」

 お母さんが言っているのは、今年の春からこの、湖沿いの道路を走っている市営バスで、ぐるぐる湖沿いの道路を周回し続けている、完全自動運転のバスだ。バスっていっても、私たちが通学に使うような大きいバスじゃなくて、二十人乗れるかどうかの、すごく小さいバスなんだけど。

 麻也たち小学生が招待されて、周回バスに乗ってたっけ。

「自動運転バス……」

 タクト君がぽつりとつぶやいた。そういうの、興味があるのかも。

「自動運転バス、かっこよかったよ。本当に運転手さんがいなくて、前がよく見えるんだよ」

 麻也が後ろからそう言った。麻也は乗り物が大好きなのだ。タクト君も乗り物に興味があれば、仲良くなれるかもしれない。

 そんなことを思いながら、窓の外を見ると、湖は夕日でオレンジ色に染まり始めていた。

 ずうっと向こう岸の山に、太陽が沈み始めているのが見えた。

 ふとタクト君の方を見ると、私の向こう側の窓の外を、夢中になって見つめていた。

 そう言えば、初めて会ったとき、タクト君は空を見て青いって呟いてたような。

「これが……夕陽」

 小さなつぶやきが聞こえた。

 

 まるで――


 まるで、生まれて初めて空を見た人……みたいだな。


 いや、そんなわけない……そんなわけないよね。

 きっと、都会で見る空と、ここの空は全然違うから。本当の空はこうなんだって感動したとか、移住者の人たちよく言うし。

 きっとそんな感じなんだよ。


 きっと。

 そうだよね?

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