ぐだぐだホームステイ その四

 お父さんが車から降ろしたのは、新品の男の子用の普段着や下着が何枚か入った紙袋と、銀竜中学校の男子の制服が入った紙袋だった。

「こっちの紙袋が校長先生から預かったヤツで……」

 普段着が入った紙袋を、タクト君に手渡した。

「こっちは、松乃ちゃんのおじいちゃんが持ってきたんだ。松乃ちゃんが自分で家に持ってくるって約束してたのに、ごめんなって謝ってたぞ。なんか約束してたのか?」

 制服が入った紙袋は、私に手渡す。

「ああ、うん。でも大丈夫。きっと手芸に夢中になっちゃったんだと思うから」

 松乃ちゃん、きっと早速型紙に起こしたりしてるんだろうな。明日は睡眠不足で学校に来そう……。

 私はタクト君に制服の紙袋を手渡しながら、お父さんを紹介した。

「タクト君、このでっかい人が私のお父さん。お母さんと一緒に道の駅で働いてるから、よろしく」

「よろしくな、タクト君」

 お父さんは、ニカッと笑った。道の駅の中の食堂で、板前さんとして働いている。東京では、小さなホテルのレストランのシェフをしていたのだ。

「はい、よろしく……九内タクトです」

 お母さんにあいさつしてるときも思ったけど、タクト君がぎこちなく頭を下げる姿は、麻也が親戚に会ったときみたい。

「よしよし、じゃあご飯にしような! すぐ作るから、待っててくれよ」

 そう言うと、お父さんは張り切って家に入っていった。

 我が家はお父さんもお母さんも、二人ともお料理するんだけど、誰かお客さんが来たり、特別なときにはお父さんが作りたがる。

「あ、あの」

「ん? どうしたの?」

 タクト君が、紙袋二つを抱えて、オロオロしている。

「ご飯って……?」

「お夕飯でしょ。お腹空かない?」

「あ、うん、その……僕の分も、作ってくれる……の?」

「当たり前じゃん!」

 何言ってるのかなこの子は!

「そ、そうなんだ。あ、あり、がとう」

 ほっぺをピンク色にして、嬉しそうに、恥ずかしそうに笑って、下を向いた。

「とりあえず、その袋の中の服に着替えたら、一度家に入ってきなよ。ここの、窓、鍵開けとくから」

「う、うん。わかった」

 そう言って私はリビングに戻ったんだけど、数分後にタクト君の悲鳴でまた外に出る羽目になった。

 窓から入っておいでとは言ったものの、窓の灯りに虫が飛んできていて、テントから出るなり悲鳴を上げたようだった。

 結局、タクト君は私と麻也に虫から守られながら、玄関から家に入った。


 お父さんが作ったのは、道の駅の野菜売り場で買ってきた野菜をたくさん入れて作った具だくさんのお味噌汁と、麻也の大好物のポークソテーとポテトサラダだった。

 その他に、地元の漬物やくだものもちらほら並んでる。

 本当に奮発したんだな~。

「う、うわあ……これ全部……食べ物?」

「そうだぞ~! 全部うまいからな!」

「さあ、たくさん食べてね~」

 タクト君は、給食のときと同じような感じで、一口目はおっかなびっくり。二口目からは、キラキラした目で食べていた。



「いや~こんなにうまそうに食べてもらったのは久しぶりだな~!」

 夕飯が終わるころには、お父さんはすっかりご機嫌だった。

「タクト君、お風呂入っちゃって」

 お母さんがタクト君に声をかけた。

「お、おふろ?」

 タクト君、まさかお風呂まで「生まれて初めて見た」んじゃないでしょうね? 

 さすがにそこまでは面倒見切れないからねっ!

「バスタオルなんかは、お風呂場の脱衣所においておくからね。下着やパジャマはテント?」

「あ」

 テント? と聞かれてタクトくんの顔が青ざめた。

 多分、虫が怖いんだ。

「着いてってあげるよ」

 私がそう言うと、麻也も「僕も」と言って着いてきてくれた。

「タクト君、虫怖いのにテントで寝れるの? おトイレ一人で行けないんじゃない?」

 すっかりタクト君に懐き始めた麻也がそう言うと、タクト君は「うっ」とうなった。

 トイレのこととか、多分、考えてなかったんだろうな……。

「そうだよね。寝るときは、貴重品持って家の中にした方がいいんじゃない?」

「お父さんとお母さんに相談してみようよ。おばあちゃんが泊まりに来たときのためのお部屋があるから、そこ、使えるようにしてると思うし」

 元々が古民家なので、けっこう部屋数がある。リビングの隣に、いわゆる仏間とか客間とかいうヤツだった部屋があるのだ。

 我が家唯一の和室なので、お父さんのお友達とかがたまーに東京から遊びに来たときなんかに、飲み会の会場になる。

「じゃ、じゃあ、そうしようかな」

 そう言ったタクト君は、荷物を持ってテントから出てきた。

「テントは一人になりたいときとかに使えばいいから、とりあえず出しといたらいいと思うよ」

 私がそう言うと、タクト君はこくりと頷いた。 

 そんなことを話している間も、結構大きな虫が私たちの横を飛び回ったりして、タクト君は泣きそうな顔で私にしがみついたりした。

 やれやれ。


「じゃあ、お風呂ここだから、あ、トイレはここね」

 私は家の中の、必要そうな間取りを案内した。

「お風呂の中のシャンプーとか石鹸だけど……この辺の可愛いヤツは私のだから使わないで。それ以外で」

 それとなく注意をうながしておく。

 まあシャンプーくらい使っても怒らないんだけど、洗顔フォームは使わないでほしいな。

「じゃあ、タクト君の寝る部屋、お母さんにお願いしとくから、お風呂入っといて。このバッグ、タクト君が寝る部屋に置いとくから」

「う、うん」

 私は脱衣所のドアを閉めて、お母さんのところへ向かった。

 お母さんは、お願いするまでもなく、リビングの隣の客間にお布団の用意をしていた。

 私は、タクト君から預かったバッグパックを、入ってすぐのところにどさりと置いた。

「お母さん、なんか手伝う?」

「ううん、大丈夫よ、お布団しくだけだから、もう終わったしね」

 お母さんは、しきおわった来客用のお布団を、手のひらでポンポンとたたいた。

「それより、たつ姫。タクト君の話、校長先生からどの程度聞いてるの?」

「え?」

 お母さんは、眉間にしわを寄せて声を潜めた。

「校長先生が、親御さんとはしっかり話してあるっていうから信じたけれど、校長先生が預かってきたっていうお洋服、全部新品だったでしょ?」

 確かに新品だったけど……旅行用に新しくおろしたものなんじゃない?

「校長先生が急いで買ったんじゃないかと思うのよね。近くのホームセンターの袋に入ってたし」

「えっ?」

 それってつまり――どういう……ことだろう?

「家出してきた……とかじゃないといいんだけど。まあ、詮索するのはあまりよくないでしょうけど。難しい年ごろだしね」


 家出……。


「校長先生からは聞いてないけど、家出って可能性はあるかも」

「そうなの?」

「うん。体験入学って普通親がちょっとはついてくるじゃない? 私のときだって、お母さんは麻也についてたけど、中学校にもちゃんと顔出して挨拶してたし、お母さんとお父さんも校内を見学したりしてたじゃない」

「そうねえ……本当に家出だとしたら……何か大きなもめごとになったりしないといいんだけど」

 お母さんは心配そうに布団の表面をなでた。

「お母さん、あの……家出だったら、タクト君のホームステイ、断る?」

 ふと不安になって、考えるより先に疑問を口に出してしまった。

 恐る恐る見上げると、お母さんは目を見開いて、私の顔を凝視していた。

「そんなこと、考えてなかったけど……たつ姫は、タクト君とずいぶん仲良くなったのね」

 にっこりと嬉しそうにお母さんが笑った。 

 え? ん? ちがうちがう!

「ちがうって。その、ちょっと前の麻也みたいで、なんかほっとけなくて」

「ふふふ、そうなの。ほっとけない感じの子なのね」

 お母さん? 絶対勘違いしてるでしょ!

「ねえお母さん、違うからね!」

「うんうん、そういうことにしておくね」

「ねえ~!」

 私が顔を真っ赤にして抗議してるっていうのに、お母さんはくすくす笑いながら立ち上がって引き戸を開けた。

「あら!」

「わっ!」

「?」

 そこには、バスタオルを頭からかぶったタクト君が立ったいた。

「たた、タクト君、いつからいたの?」

「?? 今来たとこ」

 もう! お風呂あがるの早すぎない?

「そ、そう! じゃあ、ごゆっくりどうぞ!」

 私は真っ赤になった顔を見られないように、大急ぎで歩いた。

 後ろからナビの声で『タツキの心拍数・上昇を確認』と聞こえてきた。


 タクト君が今朝、ナビを叩いて黙らせていた気持ちが、ちょっとわかった。

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