ぐだぐだホームステイ その一
「すごーいっ!」
保健室に響き渡る松乃ちゃんの歓声。
普段なら体調不良の子が寝ているはずのベッドの上には、タクト君が着ていた「王子の衣装」が広げられている。
エメラルドグリーンのマントと、白いパンツ。それから白いうさぎのぬいぐるみ。松乃ちゃんは今、茶色のベルトを手に持って、じっくりと見つめている。あと、朝会ったときは気付かなかったけど、マントの下もちゃんと「王子の衣装」だったようで、松乃ちゃんが広げたものの中に、エメラルドグリーンのネクタイと水色のゆったりとしたシャツもあった。
「すごい……ほんとにすごい!」
松乃ちゃんが感動に震える横で、タクト君は、乾いたブーツを持って安心したような顔をしていた。
ぬれた靴ははきたくないもんね。
「そのブーツ、乾いて本当によかったわね。一応扇風機に当ててたけど、ブーツなんて乾かないだろうなって思ってたのよ」
保健室の先生もそう言って笑った。
タクト君は、ぺこりと無言で頭を下げた。
「ちゃんと、ありがとうございましたって言わなきゃ」
私の声に、タクト君はパチクリして私を見た。
しまった! つい麻也に対する態度みたいに、タクト君に注意してしまった。感じ悪かったかな?
「ありがとう、ございました」
あ、タクト君、素直な子でよかった。
ほっと胸をなでおろした私と、タクト君を見て、先生は「あらあら」と言って楽しそうに笑った。
「どういたしまして。さ、松乃さん、そろそろお片付けしないと、みんな帰れませんよ」
先生に注意された松乃ちゃんは、ものすごく悲しそうな顔をした。先生も思わずひくほどだ。
「も、もうちょっと……いや、もっとしっかり見たい……! 型紙もどんな感じにしたらいいのかとか……家で参考にしたい……!
お、お願い! タクト君! この衣装、私に貸して!」
松乃ちゃんに頭を下げられたタクト君は、ぎょっとして立ち上がった。
そして、ベッドの方へ行くとウサギをぎゅっと握りしめた。
「こ、このウサギは、貸せない」
ウサギだけ?
「あ、うん、ウサギはいいや」
松乃ちゃんがさらっと答えた。まあ確かに、他の衣装がイラスト通りなのに対して、ウサギだけちょっとクオリティ低いっていうか……「白いウサギ」っていうとこ以外は本物に近づけようとしてる感じもしないっていうか……。
ていうか、タクト君そのウサギ大事なんだ? 朝、雑に叩いたりしてなかったっけ?
「他は貸して大丈夫なの?」
私が聞くと、タクト君は小首をかしげた。
「貸したら……これ着るしかないかな……あ、あとブーツも……貸したら靴がないから……」
そう言って、今着ているジャージを見下ろしている。
いやいや。あのでかいバッグパックに服は入ってないの? じゃあ何が入ってそんなに大きいの?
「あ! じゃあ、これ貸してくれたら、私のお兄ちゃんのお古の制服貸してあげるよ! たつ姫ちゃん家に持っていけばいいよね? あと、ブーツは借りなくていいから!」
「あらあ、それはいいじゃない」
先生が同意した。
まあ確かに、しばらく体験入学を続けるなら、制服はあった方がいいかな? 学校から貸してもらえるのはジャージだけで、うちには中学の制服は私のものしかないし。
「じゃあ、借りてもいい?」
「う、うん」
「やったー!」
松乃ちゃんは大はしゃぎして、ていねいに衣装をたたみ、保健室の先生がどこかから持ってきてくれた紙袋に入れて、大切に大切に抱えた。
タクト君は、バックパックを背負って、もう保健室の入り口に待機していた。
「松乃さん、バスじゃなかった? 急がないと、バスが来ちゃうわよ」
先生の言葉にハッとした松乃ちゃんと私は、大急ぎで保健室を出た。
「先生、紙袋ありがとうございました」
「さようなら」
「はい、さようなら」
挨拶もそこそこに、鞄を取りに教室へ寄ってから、大急ぎで玄関へ向かった。
タクト君がブーツを履いているすきに、松乃ちゃんは「先に行くね!」
と言って校庭に出た。
「じゃあ、あとでね~!」
そう言いながら校庭を全力でダッシュする松乃ちゃんを目で追うと、バスがもう見えるところまで来ていた。
バスの運転手さんは、校庭を走っている子がいれば必ず待ってくれるので、きっと乗り遅れることはないだろうけど、ギリギリだったなあと思う。
タクト君が立ち上がった。
「じゃあ行こうか」
二人そろって外へ出る。
タクト君の片手にぐったりと握られたウサギのぬいぐるみが、なんだかかわいそうだった。
――そう言えば……
「タクト君……そのウサギさ、朝、喋ってなかった?」
「うっ」
えっ何? タクト君が、ぎくっとなった。盛大に目が泳ぐ。
「えっと……あの……これは……」
言葉に詰まっている間も、両手にもみくちゃにされているウサギが見ていられないというか、いたたまれないというか。
「ちょっと貸して?」
「あっ」
思わず、ウサギに手を伸ばして奪ってしまった。
「もみくちゃにしたら、かわいそうだよ」
そう言って、形を整えて抱き上げてみる。
「うん。かわいいね」
「ナビっていうんだ。ナビ、起動」
『――ナビ・起動』
突然、ウサギの目がぴかっと光って、朝聞いた、機械的な声がした。
「わあっ! やっぱり喋った! すごいね、どうなってんの?」
「いや、あの……その……こういうの、その、ないの? ある……はずだよね?」
「え?」
タクト君は、ナビをそっと私の手から取り戻して、ナビに向かって声をかけた。
「ナビ。ネットワークを検索」
『ネットワークを検索。複数のネットワークを検知。接続にはパスワードの入力が必要』
「おおっ!」
あ! スマホの音声アシストみたい! なるほど、アレクサみたいな感じなのかな?
「アレクサみたいなやつ? え~かわいい!」
「アレクサ……そうそう、そういうの」
タクト君がほっとした様子でそう言ったとき、私たちは駐輪場に着いた。
私は自転車のカギを外して、おして歩く。タクト君は自転車の向こう側に立って、二人で並んで歩く。
と、道路の向こう側にある、グラウンドを見たら、野球部の子たちが練習しているのが見えた。
なんだ、今日ここでやってるんだ。
と、球拾いをしていたらしい頼希と目があった。
あ。こっちに歩いてくる。
ちょうど、横断歩道を渡ったところの、ネットの向こう側に、頼希が立っていた。
「お疲れ、頼希」
「おう」
答える頼希は、こっちを見てない。
視線を追いかけると、私の横のタクト君を見ていた。
「お前ら、何で一緒に歩いてんだよ」
「え? 何ででもいいでしょ」
「たつ姫の家に、ホームステイすることになったので」
タクト君があっさり答える。ああ……もう。いや内緒にできることでもないんだけどさ。
「はあ? 何でだよっ」
「何でだよって言われても……」
頼希のそのリアクションが「何で」だよ。
「校長先生に頼まれたの! 何でもいいでしょ、じゃあね」
めんどくさいことになりそうな予感がするから、早々に切り上げよう! 私は自転車のハンドルを握って、歩き出そうとした。
「待てよ!」
『未知の生物の敵意を感知』
ナビの声がした。
「あ?」
頼希がイライラたっぷりの声で、タクト君をにらんだ。
その時だった。
『危険を察知。対処を開始』
「アッ! まっ……!」
ビーーーちゅどーーーん!!!
耳が痛くなるような音の直後、ものすごい大きな音がして、バス停のあたりからもくもくと煙が立ち上がった。
――は?
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