ふるさとサイコー部の(仮)部員 その二
午後の授業も、タクト君は「初めて見た顔」の連続だったけど、クラスのみんなは、そんなタクト君に慣れ始めていたので、おおむね平和に乗り切ることができた。
タクト君は数学が得意みたいで、渡されたプリントは、びっくりするくらい早く終わらせてたし、珍しく自分から私に声をかけてきて、間違いを教えてくれたりした。
五時間目の数学の間だけは、タクト君は捨てられた子犬ではなくて、ちょっとしっかりした優等生に見えた。
ただ、六時間目の国語の、漢文はヤバかった。見たこともないという様子で、半べそになっていた。どうやら漢字が苦手らしい。
「英語の方が、よく使うし」
と、しょんぼりと言い訳していたので、もしかして小さいころ海外にいたとかかな……なんて思ったりした。
ホームルームが終わると、いつものように松乃ちゃんが私の席に駆け寄ってきた。
松乃ちゃんはなんと、手芸部の部長と生徒会の書記をかけ持っているのだ。もちろん、ふるさとサイコー部もかけもち。しかも全部、ちゃんとした動機があってやってるの。松乃ちゃんは本当にすごい子だと思う。
「たつ姫ちゃん、行こう……って、タクト君はどうするの?」
「あ、一緒に行くことになったの」
「よろしく……」
タクト君が、松乃ちゃんにぺこりと頭を下げた。
松乃ちゃんの顔が、すごーく嬉しそうに輝きだす。
「本当っ? うれしい! 私タクト君に――あ。タクト君って呼んでもいいい? 私のことも松乃でいいからね! タクト君に聞きたいことがあるの! ゆっくりじっくり!」
「……え?」
もちろんマンガの話にちがいない。
松乃ちゃんにぐいぐい迫られて、タクト君がおろおろしている向こうに、ものすごい形相の頼希が見えた。
パチッと目があったけど、頼希はぷいっと顔を背けて教室を出て行ってしまった。
――なんなんだ、アイツは本当に。
でも、頼希の入ってる野球部は、一校では大会に出られるだけの人数に達してないので、他の中学と合計三校合同でやっている。練習場はそれぞれの学校のグラウンドを日替わりで利用。今日はもしかしたら、他の学校に行かなくちゃいけないのかもしれない。そうだとしたら、急いでるんだろうし。とりあえずほっとこう。
「じゃ、生徒会室行こうか。タクト君、ほんとに暇つぶしの本とか借りなくていい?」
私の質問に、タクト君はこくりと無言で頷く。
松乃ちゃんが小首をかしげた。
「暇つぶし?」
「ふるさとサイコー部の手伝いしたらいいって校長先生が言ってたんだけど、今日は踊りの先生が来て見てくれる予定だから、特に手伝うこともなくて暇なんじゃないかと思って」
「ああ! そんなこと!」
松乃ちゃんはいそいそと自分の席に戻って、今朝持っていたマンガ本を持ってきた。
『呪われた王子は聖女をめとりたい』
よくよく見たらそういうタイトルだった。
王子……タクト君が着てた衣装の王子……呪われてるの?
「はい! ぜひこれ読んで!」
差し出されたマンガを見て、タクト君は目を見開いた。
「これ……松乃、好きなの?」
「うん! タクト君も好きなんでしょ? 朝、王子の衣装、着てたもん!」
「あ。いやあの……」
松乃ちゃんの勢いに押されて、タクト君の目は盛大に泳いでいる。
「あの……この服……これがこの時代のスタンダードかと思って……真似しただけで」
「え?」
「あ、いや何でもない。あの、服装がかっこいいから、真似した……だけ……マンガは、読んでなくて」
ええっ! そんなことあるの? コスプレって作品のことがすごい好きな人がするものじゃないの? うーん。計り知れない。
松乃ちゃんもさぞがっかりしているだろうと思ったら、なんと全然そんなことはなかった。
キラキラ輝く瞳で、ぐいっとタクト君にマンガを押し付ける。
「わかる! 王子の衣装ってこう、ファンタジーだけど、普段着に使ってもイケそうっていうか、絶妙におしゃれだよね?! この話、解ってくれる友達がほしかったんだ! お話もおもしろいよ! ぜひ! ぜひ部活の間だけでも読んでみて!」
あ。これが布教というやつか。
つまり、タクト君がいなければこれは、朝イチで私にするはずだったことというわけだね。
よくよく考えてみたら、松乃ちゃんは前にもこうやって、面白いマンガや小説やアニメを、ぐいぐい勧めてきたことがあったっけ。いつも本当におもしろいけど。
結局タクト君は有無を言わせてもらえぬまま、胸元に少女マンガを抱きしめて、私と松乃ちゃんの後ろをトコトコと着いてきた。
まあ、暇つぶしが何もないより、松乃ちゃんおすすめのマンガがあった方がいいでしょ!
階段を上がって、三階に行く。
三階は会議室とか、家庭科室とか、視聴覚室とかがあって、一番奥に生徒会室がある。
生徒会室のドアには、プリントの裏に黒いペンで「ふるさとサイコー部」と書かれた紙が貼られている。
期間限定の部活動だから、ちゃんとした看板も部室もないんだよね。
「失礼します」
声をかけて戸を開けると、予想通り、すでに三年生の生徒会長と副会長が先に来ていた。
「やあ、お疲れ、二人とも」
踊りの練習のためだろう。キャスター付きの会議机を移動させていた生徒会長の
三年生で生徒会長の
きりりとした意思の強そうな目の上で、きらりと光る眼鏡が相変わらずかっこいい。
「ん? 誰だ?」
成瀬先輩は、勉強よりも運動が得意で、考えるより先に体が動いちゃうという感じの、いわゆる脳筋タイプの男子だ。
短く刈った髪で、空手をやっているという体はがっしりとしている。タクト君よりちょっと低いくらいの身長だけど、タクト君より大きく見える。目も鼻も口も大きくて、表情がころころかわって、すごく素直でまっすぐなので、みんなから愛されている、天鞠先輩とはまた違った人気者の先輩だ。
「あ、この人は」
「二年生の体験入学生だよ。二年生は隣の教室なんだ。何度も見かけただろうに」
天鞠先輩が横目で成瀬先輩を見ながら言うと、成瀬先輩は大声で「ああ!」と言った。
「なるほど、そんなことを言ってたなみんな! じゃあ初めましてだな!」
成瀬先輩は持っていた椅子を、部屋の隅に置いてからこちらに歩いてきて、タクト君の前に立った。
「三年で生徒会副会長の川崎成瀬だ!」
タクト君は自己紹介すると思いきや「捨てられた子犬顔」になって私を見た。おいおい。
「タクト君、自己紹介!」
「あ、えっと……九内タクトです」
ふう、何とか言えた。
「タクトか! よろしくな!」
「よ、よろしく」
成瀬先輩の手を握り返したタクト君の腕は、思い切りぶんぶんと上下に振り回された。成瀬先輩、暑苦しいんだよなあ。
「私は生徒会長の芦崎天鞠だ。よろしく、タクト君」
「よろしく……です」
タクト君は成瀬先輩の肩越しに、天鞠先輩にぺこりと頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます