ふるさとサイコー部の(仮)部員 その一

「たつ姫さん、タクトさん、ちょっといいかしら」


 校長先生が私に声をかけてきたのは、給食当番の子たちが食缶を全部教室から運び出した直後だった。

 校長先生の手招きに招かれるまま、廊下に出る。

 何の話だろうと思いつつ校長先生の後をついていくと、校長室に案内された。

 校長室なんて、めったに入ることがない。ちょっと緊張する。

 校長先生は、大きな机の前にあるソファとテーブルの応接セットをさして、私たちをソファに座らせて、自分は向かい側に座った。

「ごめんなさいね、校長室こんなところまで呼び出して」

 相変わらずニコニコしたまま、校長先生は驚きの話題を切り出した。


「実は、たつ姫さんのお家に、タクトさんをホームステイさせてもらうことになったの」


 は?


「はい?」


 今なんて?


「たつ姫さんのお母さまに、先ほどご相談させていただいて、快く受け入れを許可していただきました」


「え?」


 待って、待って。


「タクトさんの荷物は、タクトさんのご実家から届き次第、私がたつ姫さんのお家に届けますから」


「え、ちょっ……待ってください。校長先生、あの、タクト君が、私の家にホームステイ?」

「ええ。お家の事情で、タクトさんはしばらくこちらに滞在することになりまして。ホームステイ先を急遽探すことになったんですけれど、ダメ元でたつ姫さんのお母さまにご相談したら、快くご了承くださって」


 お・か・あ・さ・ん……!


 お母さんったら「家の事情で行く当てがない子供」とか聞いて、勝手に盛り上がって同情したにちがいない。もう~勝手に決めて……!


「あの、このお話、たつ姫さんはもしかして嫌だったかしら」

 お母さんへの呆れが顔に出ていたらしく、校長先生が困ったようにそう聞いてきた。いや、嫌じゃないっていうか、本人を前に嫌とか言えるわけなくない?

 ちらっと隣を見たら、タクト君は、ものすごく難しい顔をして、校長先生をにらみつけていた。

 あれ?

 てっきりまた「捨てられた子犬顔」してるかと思ったのに。

「私は嫌じゃないですけど……」

 もしかして、タクト君の方が嫌なんじゃないの?

「タクト君がどう思っているのかが気になります」

 私の返答に、校長先生が一度驚いた顔をしてから、嬉しそうににっこり笑った。

「そうね。タクトさんの意見も聞かないといけませんね。たつ姫さんの言うとおりですね。どうですか? タクトさん」

 急に振られたタクト君は、はじかれたように私を見て、それからものすごく困った顔になった。

 少し考えて、おずおずと私を見ながら答える。

「たつ姫が……いいなら……お願いしたい」

 あれ? いいの? じゃあさっきの怖い顔はどういう気持ちだったんだろ。

「タクト君がいいなら、私もいいです」

「まあまあ、ありがとう、たつ姫さん! じゃあ、帰りはたつ姫さんと一緒に帰ってくださいね」

「あ、でも先生、私、放課後は生徒会の活動が……」

 そう! 今私は、生徒会の活動に全力を投じているのだ!

 正しくは生徒会の活動じゃなくて、もう一つの部活の活動なんだけど、メンバーが生徒会と一緒なので、そっちの部活もみんな込みで生徒会みたいな扱いになっている。

 私は今「生徒会」のもう一つの顔である「ふるさとサイコー部」の活動がすごく楽しくて! 皐月姫の伝承について調べてたのも、その活動の一つで! 今、私はそのために学校に来ているといっても過言ではないのだ! 一日で何より大切で、集中して頑張りたい――すごく楽しい活動なんだけど……それはあくまで私にとって楽しいだけで。タクト君を付き合わせていいものかどうかは、ちょっと悩むところだ。

「まあまあ! じゃあ、タクトさんもホームステイ中は、たつ姫さんの生徒会のお仕事をお手伝いするといいですよ! ね! きっといい経験になりますよ!」

 私の葛藤をよそに、ものすごい名案と言いたげに両手を合わせて、ほくほく笑顔で話す校長先生につられて、私も、困惑顔のタクト君も、

「はい」

と、返事をしてしまった。


「あの、タクト君……」

 校長室を出てすぐ、私はタクト君の顔を見た。

「う、うん?」

 立って並ぶと、ひょろ長いタクト君の顔は、私から見たら結構上にある。ぐいっと見上げると、見上げられているタクト君がちょっとひいた。

「私たち、生徒会は今、期間限定の部活もやってて。今日はそっちの活動があるんだけど……タクト君が多分、生徒会って聞いて想像するような内容と全然違うと思うんだ」

「う、うん」

「だからその、もし見てみてやりたくない内容だったら、無理に手伝うことないし……待ってる間は暇かもしれないけど……最悪図書室とかで本借りてきて読んでてくれればいいから」

「……図書室……?」

 あ、場所わかんないか。

「今、一緒に行って、本借りとく?」

「あ、ええと……」

 タクト君は、少し目を泳がせて、数秒考えた。

「あの、図書室は、気になるけど、生徒会ってのが普通、何をしてるのかもよくわからないし……とりあえず、大丈夫……それより」

「それより?」


「あの……なんていうか……ごめん」


 ……?

「何が?」

 私が聞くと、タクト君がキョトンとした。

「その、たつ姫の家に、ホームステイとかすることになっちゃって……」

 ああ、そのことか。

「いいよ別に。お母さんがいいって言ったらしいし……タクト君こそなんか大変そうじゃない?」

 親が着いてこなくて、一人で学校見学をしてるし、急遽ホームステイ先を探すことになったとか言うし、タクト君の家庭が何かしら、複雑な事情を抱えていることは、なんとなく想像できる。

 まあ、どんな事情なのかまでは、想像つかないけど。

「うん、まあ、ちょっと大変……ではあるけど……」

 やっぱりね。

「じゃあ気にしないでよ。あ、でもウチ、あれだよ? きれいで大きい家とかじゃないから、そこは我慢してね?」

 そう言うと、タクト君が目を丸くした。

「ウチ、去年の春に東京から引っ越してきたんだ。田舎に移住する、子育て世代が安く買えるっていう、古民家をリノベーションした家なんだけど。まあリノベーションしてまだ数年だから、そんなに見た目は悪くないけど、家の中は別段広いわけでも、特別におしゃれなインテリアとかがあるわけでもないから、期待しないでね」

 私が一気に話したので、タクト君の思考はちょっと追い付いてこれなかったらしい。データロード中みたいにちょっとの間固まって、目をぱちくりして、こくりと頷いた。

「よく、わかんないけど、テントなら、持ってきたから」

「へ?」

 どゆこと? もしかして、ホームステイしないで、テントで暮らすつもりだったの……?

 今度は私の思考が停止しそうになったその時、校長室の隣の職員室から、先生たちが出てきた。

 しまった! 昼休みが終わる時間だ!

「と、とりあえず教室もどろ! 五時間目始まっちゃう」

「? うん」

 私が大急ぎで教室へ向かって早歩きを始めると、タクト君はやっぱりカモのひなみたいに、私の後ろをとことことついてきた。

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