普通の学校生活 その二
表紙に描かれていたのは、優しい笑顔の男の人と、その人に腰を抱き上げられてびっくりした顔の女の子。ひらひらのドレスの女の子を軽々抱き上げている男の子は、髪の色こそ銀色でちがうけれど、エメラルドグリーンのマントに白いパンツ。こげ茶色のブーツ。そして肩口に妖精みたいにふわふわして浮いてる、小さな白いウサギ。
あの変な男の子と同じ格好。
「王子のコスプレってこと?」
「王子?」
「これね、この女の子が主人公なんだけど、この男の子、一応王子様なの。魔法使いの国の王子様」
「へえ」
何だかとてもファンタジーなお話のようだ。
「この王子、ガスマスクする?」
「……え?」
松乃ちゃんの瞳のキラキラが、一瞬にしてはてなになった。
「ガスマスクしてたの。その変な人。お話のなかで、王子がガスマスクするんだったら、あれもコスプレなのかなって」
「しないよそんなの!」
松乃ちゃんがぶんぶんと頭を振って否定した。
うーん……じゃあどうしてガスマスクしてたんだろう。
「ねえ、あの人のこと?」
窓際の一番前の席の女子が声を出した。
みんな一斉に窓にはりつく。
「あ」
窓の外にいたのは、校長先生に連れられて玄関に向かう、ガスマスク君だった。
「本当だ! 王子の衣装!」
いつの間にか窓にはりついていた松乃ちゃんが、興奮気味に言った。
「ガスマスクしてねえじゃん」
男子の声も聞こえてきた。
服はちょっと乾いたみたいだけど、さすがに湖に落ちたガスマスクをもう一度着ける気にはならなかったらしい。
「ねえなんで学校来てるの?」
「変な人なんでしょ?」
「転校生?」
みんながワイワイ騒ぎ始める。
私だって聞きたい。様子を見に行くと校長先生は言ってたけど、まさか学校に連れてくるとは思ってなかったもの。
と、そこでガラリと教室のドアが開く音がした。
「こらーどうしたお前たち! 読書はしたのか読書は~」
担任の先生だ。
「先生、あの子なに?」
「転校生ですか?」
クラスのみんなが一斉に窓から離れて、先生のもとに集まった。すごい勢いで質問攻めにされている。
うちのクラスの担任は若い男の先生で、みんなからお兄ちゃんみたいに慕われてる。お兄ちゃん感覚だから、こんな感じで、ちょっと威厳はないかもしれない。
「なになに? 何の話してるんだ? あの子? 転校生?」
「さっき校長先生が一緒に歩いてた男子です! 先生今、玄関で会わなかった?」
松乃ちゃんがピョンピョンしながら、必死に訴えた。
コスプレ衣装が気になっているに違いない。
ちなみにこの教室は玄関入ってすぐ右手にあって、職員室は入って左手の一年生の教室の、左隣。つまり、先生は今玄関を通り抜けてきたところということになるはず。
「え? なんだ? 先生今、ちょっと三年の教室に寄ってきたんだ。玄関は見てないんだよなあ」
「えーーーー!」
みんなが一斉に不満の声を上げた。
三年生の教室はこの教室の右隣。三年生の教室から来たら、確かに玄関は通らない。
「ほらほら、何の話かわからんけど、校長先生に会ったら聞いといてやるから。座りなさーい。ホームルームやるぞ~」
担任声に、みんな浮足立ちつつも席に戻っていく。
松乃ちゃんは、私に「あとでね」と小さな声で言って手を振って、廊下側の自分の席に戻っていった。
私も急いで鞄を自分のロッカーに片付けて、席に座った。
先生の点呼を聞きながら、窓から見える湖をちらっと見る。
結局、ガスマスク君のせいで忘れかけてたけど、あの光はなんだったのかな――。
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