あの時へ

「あなた、もう一度見せて」

「ああ、もう、鈴香の事は信じている。疑ったりはしないよ」

「そうよ、見せて。大丈夫、どうもないわよ。心配ないから、タオルで拭いてあげる」

「ああ」

「大丈夫でしょ」

「そうだね、やっぱり幻覚だったんだね」

「そうよ。あなたの優しい顔を見たい」

「もちろんだよ。鈴香」

「わああああ、宮田さんじゃないか」

「そうよ、私がどれだけ辛い気持ちで鈴香に伝えたかわかる。死んで。この包丁で背中をあの時みたいに、かきむしってあげるから」


わあああ

逃げろ


ふふふふ


「逃げてごらん、あの時みたいに」


「逃げろ、逃げるんだ。駄目だ包丁を持って追いかけて来る」

「いや、ちがう。鈴香じゃないか?」

「どっちだ」

「こっちよ」


わあああ


「宮田さん」

「あなた、もう幻覚じゃないわよ」

「そうよ、京助さん」

「俺が悪かった。許してくれ」

「お前も宮田さんも、哲也も、全て騙していたんだ」

「私達は気づいていたのよ」

「ああ、そうだよ、京介」


わあああ


「哲也、どうして此処に、自殺したのじゃなかったのか」


はははは


「そう思ったか」

「葬式にも行ったじゃないか、何故だ」

「確かに葬式はしたな。俺の双子の弟の葬式をな。俺は気づいていた。お前は俺を騙しているという事にな。しかし、俺は鈴香に事実を告げたが信じてくれなかった」

「そうよ、私は騙されていたから。あなたに、すっかりよ。わかる、この気持ちが」

「逃げろよ、京介、今度こそは刺してやるぞ」


わああああ


「ふふふ、そこには、私がいるわよ。あっちよ」

「助けて、助けてくれ」

「逃げて下さい」

「宮田さん」

「私は大丈夫だから」

「ああ、悪かった。宮田さんも騙して」

「大丈夫です。こっち、こっちです」

「ああ、宮田さん」

「私は大丈夫ですから、もう大丈夫です。ここまで来れば」

「ああ、助かったよ」

「そうよ」

「あな・・た」


わあああ


「逃げて、逃げて、何処までも追いかけていくから」

「こっちです、こっちです」

「あれは、美雪さんの声、大丈夫ですから、駅の方へ逃げて下さい」

「何処だ。こちらです。急いで」

「私が守ります。京助さんを、こっちです、こっちです」


はあ はあ はあ


「もう、大丈夫です。こちらです」

「ああ、助かった」


それから、俺は電車に乗った。

しかし、誰もいない。

突然、白い霧が辺りを覆う。

霧をかけわけながら降りると。

そこは一面に野原が広がっている。

ここは、何処だ。


またじゃないか。


また、遠くに灯りが見える。

しかし、灯りの方にいくしかない。

周りは闇が覆っている。


「こっちじゃよ」

「婆や」

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