第37話 最後の姫乃森中学校の生徒たち
三月末なのに所々雪が積もっていて寒い。
今日はPTA主催の歓送迎会の日だ。
赴任、退任する先生方のために毎年開かれている。
これも、小学校、中学校合同で行う。
そこでも、私達は太鼓演奏を披露することになっている。
本もパソコンも何もかもなくなった図書室で、みんなのことを待っていた。
おそらく、本とパソコンは統合する学校に持っていってしまったのだろう。
まもなくすると、千秋とふーが来た。
「おいーっす。なっつ早いねー」
「ういーっす。お母さんに送ってきてもらったからね。会場の準備もあるしね」
父兄達は会場準備のために、会が始まる二時間前には会場入りしている。
子供達は一時間前に集合して衣装に着替えて打ち合わせをする。
例年であれば、異動しない先生達が、子供達のお世話をするのだが、中学校は閉校することもあって先生方全員が転任となるため、私達は父兄の指示に従って自分達で準備をやらなければならないのだ。
「あー、今日で最後だねー」
ふーがしょんぼりしている。
「そうだねー。あ、うち携帯買ってもらったんだー」
千秋が、新品の携帯をポケットから取り出して私とふーに見せてくれた。
「あー、私もー」
「あたしもー! ねー、メアド交換しない?」
「そうだね」
私達は連絡先を交換した。
「こーんにーちわー!!!!!」
靖朗と淳が来た。
後ろには明日香ときらりがいる。
「相変わらずうるさいなー」
千秋は呆れながらも笑って言った。
「うるさいのが取り柄ですから!」
靖朗と淳が口を揃えて言った。
アホ丸出しだ。
「みんな集まったし、着替えようか。着替え終わったら打ち合わせをしよう」
「はーい」
私はみんなに指示を出した。
部長としての役割も今日で終わりか。
ふと思うと、寂しくなってきた。
「はぁー。今日で最後かー」
きらりがそう言いながら着替えとしていた。
「そうだねー。最後くらいはカッコよく決めたいね!」
そう明日香が応えていたが、内心寂しいであろう。
二年生達も私達三年生と同様、寂しい気持ちでいるんだろうなと、私は思っていた。
そこで私は、ふーのお父さんに言われていたサプライズについて思い出した。
「あ、そうそう。二年生に話があるんだった!」
衣装に着替え終わり、打ち合わせを始めた。
「毎年のごとく、小学生の演奏が終わったら私達の出番になるから。PTAの役員の人が声を掛けてくれるから、そしたら太鼓のセッティングをします。終わったらそのまま、立ち位置についていつものように膝立ちをしてスタンバイ。進行のアナウンス後に私が一言挨拶します。終わったら、いつも通り祭ばやし、天龍太鼓の順に演奏します。最後は一列になって挨拶ね。ここまで良い?」
「はい、大丈夫です」
「異議なし!」
「その後なんだけど。PTA会長さんからサプライズを頼まれていて、先生方にプレゼントと花束を贈呈することになってるんだけど……」
すると、明日香がニヤニヤしながら
「絶対、先生泣くやつですやん!」
と、言って興奮していた。
靖朗と淳、きらりも盛り上がっていた。
「んで? 流れは?」
靖朗が聞いてきた。
私は続けて流れについて説明を始めた。
「んとねー。演奏後、挨拶をした後に先生方の席の方に移動します。校長先生にはふーとふーのお父さん、川村先生には私と千秋。内藤先生には靖朗と淳。中野先生には明日香ときらりがプレゼントと花束を渡すことになっています。プレゼントと花束は移動する時に、PTAの方が私達に渡してくれることになっているから、受け取って、各担当の先生方の前に移動します。渡したら退場して、また図書室に戻ってきて着替えて帰宅ね。バスの時間までギリギリだから急いでバス停まで行くことになるけど、みんな最後まで頑張ろうね!」
「はーい!」
「質問は?」
「ないです」
「オッケイ、任せて!」
みんなの心が一つになった感じがした。
すると、靖郎のお父さんが来た。
「みんな準備できた?」
「はい。丁度、打ち合わせも終わったところです」
「おー、ナイスタイミング! そろそろ移動始めてねー」
「はーい」
私達は体育館の入り口まで移動した。
移動中、千秋がふーに聞く。
「ふーって、いつ寮に行くの?」
「明日だよ」
「ハードだな」
「そうなんだよー。荷物送ってあるから行ったらまず荷物の整理しないと……」
「あのさー!」
私は千秋とふーの話に割って入った。
「どうしたの? なっつ」
千秋とふーが私の方を見た。
「三人で居られるのも今日で最後なんだよね?」
私の目が涙で潤んでいた。
「ほんと、なっつは昔から泣き虫だなー」
笑いしながら千秋が言ってきたが、千秋も分かっていた。
三人が会えるのが今日で最後であることを……。
千秋も泣きそうな顔をしていた。
「泣いてない! 涙流れてないもん! てか、千秋の方が今にも泣きそうな顔してるよ!」
「ふたりとも……う、うぅ……。そんな小さな……ことで……うぇ……うぅ……。けんか……しないでよぉ~! うぇ~ん!!!」
「お前の方がガチ泣きしてんじゃん!」
私と千秋は、今までヘラヘラ喋っていたふーが嗚咽しながら泣いている姿に驚いた。
「まだやることあんのに、泣かないの! 泣き顔を先生達に見せるつもり? 笑顔でお別れしようよ!」
「そうだよ! なっつの言う通り! てか、五年後にはタイムカプセル掘るために必ず会えるんだから! 約束してるでしょ? 一生会えなくなるわけじゃないんだから!」
「……そうだよね? そうだもんね! あたしら、ずっと友達! あたしらの絆は永遠だもんね!」
「うん!」
「もちろん!」
私達三人は肩を並べて体育館へ向かった。
私達は体育館の入り口に着き、役員の人から声がかかるまで待機していた。
ほぼ外であるため、とても寒い。
「さみぃー!!! てか、なんで衣装が半袖、短パンで袖なしの半纏なんだよ! まだ雪残ってるっていうのに! 寒すぎるよ!」
「そうだよ! 白い息出てるし! ……ぶぇっっっくしゅ!!!」
「きったねー! 淳、こっちに向いてくしゃみするなよ! えぇーっくしゅっ!」
「そういう靖郎だって、こっち向いてくしゃみするなよ! ツバ、半纏にかかったし!」
「うるさいよ! 三人とも! 早く小学生終わらないかなー?」
季節外れの格好であまりの寒さに騒ぐ明日香と靖郎、淳に対し、注意をするきらり。
かれこれ三十分は待機してただろう。
「あ、そうだ! 円陣組みません?」
靖朗が言ってきた。
「そうだね。最後だし。よし、集合!」
七人で円陣を組んだ。
「姫乃森中、最後の太鼓演奏。先生方に笑顔で感謝の気持ちを届けよう! 声を出して! 私達らしく元気に! ファイトー!」
「オォー!!!」
すると、入口が開き、靖郎のお父さんが顔を出してきた。
「おまたせ、おまたせ。うん、ちょっと寒いな。さ、入ってー。小学生達、そろそろ終わるからー」
「ちょっとじゃないです!!!」
私達は声を揃えてツッコんだ。
「ごめんごめん。あ、終わったようだよ? 準備してねー」
私達は体育館に入り、太鼓のセッティングを始めた。
体育館は暖房が効いていてとても暖かかった。
そして、それぞれの立ち位置にスタンバイした。
みんな準備できたことを確認し、私は進行役の人に合図を送り、挨拶をした。
「校長先生、川村先生、内藤先生、中野先生。今までどうもありがとうございました。今日は先生方はもちろん、地域の方々への感謝の気持も込めて演奏します。姫乃森中学校全校生徒七人による最後の太鼓演奏をどうぞお聞き下さい!」
私の掛け声を合図に演奏が始まった。
みんな今までにないくらいの笑顔と、少人数ながらも元気で体育館に響き渡る掛け声。
たった十五分の演奏であったが、とても幸せでかけがえのない一時であった。
演奏後に一列に並び、一同「ありがとうございました!」と、大声で挨拶し一礼した。
盛大な拍手が鳴り響いた。
そして、私達はプレゼントと花束を手にし、先生方の前に立った。
「生徒とPTAからお気持ちではありますが、プレゼントと花束を贈呈します。閉校まで先生方にはご苦労をおかけしましたが、先生方のご指導のおかげで、子供達は立派に成長してくれました。ありがとうございました。赴任先でのご活躍をお祈りいたします」
PTA会長の挨拶後、プレゼントと花束を贈呈した。
「川村先生、ありがとうございました!」
私と千秋は川村先生に贈呈した。
「う……うぅ……。あ、ありがとう……。う……うっ……。」
川村先生の顔は涙と鼻水でグチャグチャになっていた。
「先生! いい大人が!」
千秋が川村先生に活を入れるかのように言った。
「だって……。だってぇ~」
「また会えますよ」
私は泣きじゃくる川村先生に声を掛けた。
「うん……うん……ありがとう……。ぼんどうにありがどう!」
サプライズを終えた私達は駆け足で体育館を出た。
そして振り返る。
「先生! お酒飲み過ぎないでねー!」
「次会う時、ハゲてないでねー!」
「バイバーイ!」
「ありがとうございましたー!」
先生方に向かって叫びながら笑顔で手を振り、体育館の重い戸を思いっきりバンッ! と閉めた。
閉め際に先生方が泣きながら「ありがとう! がんばれよ!」と言いながら手を振っている姿が見えた。
私達は走り出した。
「先生、泣いてたね!」
「明日香も泣いてるじゃん!」
「そう言ってる靖朗だって!」
「てか、みんな泣いてるじゃん!」
「泣いてないよ! 笑ってるんだよ!」
「うそつけ!」
「あぁ……楽しかったな~」
「夏希さ~ん! 近所だから、ずっと仲良くして下さいね~!」
「当たり前だよ!」
「最高の演奏だったね!」
「うん! 先生達に気持ち伝わったかな?」
「伝わったに決まってるよ!!!」
さっきまでの元気さと笑顔はどこにいってしまったのか……。
七人の顔は涙と鼻水でグチャグチャになっていた。
あれから五年……。
私は二十歳になった。
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