第30話 最後の卒業式(前編)
「おはよー」
下駄箱で靴を履き替えていると、ふーが声を掛けてきた。
「おはよー」
「いよいよ今日だね!」
「うん! 緊張するけど頑張ろうね!」
「そうだね」
「おはよー!」
ふーと話していると、千秋が登校してきた。
「おはよー」
三人揃って教室へと向かった。
「この教室とも今日までかぁー」
ふーは席に座り、机にへばりつきながら話していた。
私はふと思い出した。
「あっ。そういえばみんな、ちゃんと荷物持ち帰った?」
「とっくに。習字道具や教科書、過去に授業で作った作品。いっぱいありすぎて大変だったけど、なんとか持ち帰ったよー。あとは、卒アルだけだね」
「私もやっと昨日で、全部持ち帰ったよー。ふーは?」
「まだ」
「どのくらい残ってんの?」
「持ち帰ってない……」
「え?」
私と千秋は唖然とした。
スクールバス通いで全部の荷物を持ち帰るのに二週間かかったというのに……。
「でもね! 今日、お父さんが車持ってきてくれるから、荷物乗せてもらうんだー!」
「良かったね。じゃないと、大変だよー。いくらなんでも家が近いからとはいえ、なかなかの量だからねー」
話し込んでいると、川村先生が教室に入ってきた。
いつもはジャージの軽装姿が多い川村先生も、さすがに今日はスーツ姿だ。
「おはよーさん」
「おはようございます!」
「朝のホームルーム始めるよー」
「はーい」
私達は席に着いた。
「今日は待ちに待った卒業式です! メディアの方や地域の方々も来ていますので、気を引き締めて式に臨むように!」
「せんせーい」
「なんだー? 千秋」
「待ちに待ったってなんですか? 遠足じゃないんですよー。先生こそ、頼みますよー」
「失礼な! あれから、内藤先生と一緒にガッツリ練習したんだからな! 大丈夫だって!」
内藤先生、ドンマイ。
私達三人は同じことを思ったのであった。
「じゃー、連絡路の入り口まで移動してねー」
「はーい」
私達は教室を出た。
連絡路の入り口まで行くと、コミュニティー会の会長さんが話し掛けてきた。
「よー、なっつー」
「どうもです」
コミュニティー会の会長さんとは小さい頃からの顔馴染みである。
そのため、私のことをあだ名で呼んでくるのだ。
「ちょっと取材してもいいか? 今度の広報に載せて姫乃森の全世帯に配るから」
「どうぞー。可愛く載せてね!」
「おう、任せろ。で、卒業にあたり、今の気持ちは?」
「三年間あっという間だったけど楽しかったです。姫乃森の学校で学べて良かったって感じ」
「ありがとさん。写真も撮らせてもらうからなー。んじゃ、またな。頑張れよー」
「はーい」
取材を受け終わると、川村先生が来た。
「じゃー、体育館の入口まで行くぞー。出席番号順に並んでー」
「はーい」
川村先生を先頭に千秋、ふー、私の順に並んで、移動した。
体育館の入り口まで行き、合図があるまで待機した。
連絡路から見える外の風景は雪で真っ白であった。
田舎の三月はまだ雪が残っていて寒い。
まもなくして、合図があったようで川村先生が私達の方に顔を向けた。
「始まるってー。練習通り堂々とね」
「はい!」
「卒業生入場」
アナウンスが流れ、一人ずつ入り口で一礼し、席まで歩き出した。
会場に入ると拍手で迎えられた。
来賓は二十人ほどいるだろうか。
お客様の席にも二十人ほどいた。
報道の腕章をつけた人や、カメラを構えた人もいる。
そして、二年生、先生方、三年生の両親。
みんなに迎えられ、三年生全員揃うと、ステージに一礼し席に着席した。
司会は、内藤先生だ。
「只今より、第七十回姫乃森中学校卒業証書授与式を挙行します。卒業証書授与」
校長先生がステージに登壇した。
司会席には川村先生が立った。
「卒業生。小原千秋」
「はい!」
川村先生に呼名された千秋は返事をし、ステージ上に行き、校長先生から卒業証書を受け取った。
「加藤冬美」
「はい!」
入れ違いにふーが呼名され、ふーもステージ上へ行った。
「工藤夏希」
「はい!」
そして最後は私だ。
姫乃森中学校最後の卒業証書を貰うだけあって、かなり緊張する。
練習通りステージ上へ行き、校長先生の前に立った。
校長先生の背後には、カメラを構えたメディアの人達が十人ほど待ち構えていた。
最後の卒業生だけあって、卒業証書を貰う瞬間をカメラに納めたいのだろう。
「卒業証書。工藤夏希。あなたは、姫乃森中学校の全過程を終了したことをここに証する。おめでとう」
「ありがとうございます!」
校長先生は微笑みながら私に卒業証書を手渡した。
私が卒業証書に手をかけた。
その瞬間だった。
カシャ! カシャ! カシャ! カシャ!
およそ十台はあろうカメラが一斉に連写をし、無数のフラッシュを思いっきり浴びた。
千秋とふーの時より酷いフラッシュの光だ。
校長先生が神々しく見える。
というか、フラッシュが強すぎて校長先生の顔がよく見えない!
私は卒業証書を受け取り、一礼した。
フラッシュの光が目に残ってしまい、目がチカチカしていた。
まともにフラッシュを見てしまったからだ。
まばたきを何度もしながら、目を慣れさせようとした。
しかし、なかなか治らず、反射的に涙が流れてきた。
目が痛い!
なんとか席に戻ると、千秋とふーが心配そうに私の方に視線を送っていた。
違う……。
違うんだ!
卒業だからではない。
カメラのフラッシュで目がおかしくなっただけだ……。
しかし、式中であったため話せない。
誤解を持たせたまま、式は進んでいく。
「校長式辞」
「千秋さん、冬美さん、夏希さん。卒業おめでとう。みなさんは最高学年として、最後の卒業生として、この姫乃森中学校を最後まで伝統を引き継ぎ、二年生のことを引っ張ってきてくれました。ありがとう、そしてお疲れさまでした。みなさんは、今日この姫乃森中学校を卒業しますが、この学校を卒業するのはみなさんだけではありません。後ろにいる四人の二年生のみなさんも卒業です。おめでとう。この姫乃森で学んだこと経験したことはかけがえのないものだと思います。大切にしてこれからの人生を歩んで下さいね。本当におめでとう!」
校長先生の目には少し光るものが見えた。
「送る言葉。在校生代表、菅明日香」
「はい!」
明日香が私達の前に立った。
「卒業生のみなさん。ご卒業おめでとうございます。三年生のみなさんから教えていただいたことは、新しい中学校に行っても忘れず大切にしていきたいと思います。みなさんの新しい門出をお祝いし、今後のご活躍をお祈りいたします」
明日香の堂々とした式辞に感心した。
「門出の言葉。卒業生代表、小原千秋」
「はい」
千秋の門出の言葉だ。
緊張しているように見えるが、落ち着いた声で言い始めた。
「この度は、私達三人の卒業式のために沢山の方々にお集まりいただきましてありがとうございます。私達は来月からそれぞれの道を歩み始めます。この姫乃森中学校で学んだこと、最後の卒業生としての誇りを大切にしていきたいと思います」
門出の言葉の後、校歌と式歌を歌った。
この校歌を歌うのも閉校式の時だけかと思うと寂しくなった。
「卒業生退場」
多くの拍手に見送られ、私達は来賓、親、二年生、先生方の前を通って出口に向かった。その時、二年生と先生方がハイタッチの手を出して待っていた。
ハイタッチをしながら出口へ行き、会場を後にした。
連絡路に出ると千秋とふー、川村先生もハイタッチの手を出していた。
「お疲れー!」
私は三人とハイタッチをして言った。
「川村先生、練習のとき怪しかったから、本番はヒヤヒヤしていましたけど……。無事に終わって良かったです!」
ふーが川村先生に言うと
「オレ、本番には強いから!」
と威張って答えていた。
「さっ! まだこれからだよ! 急いで着替えよう!」
千秋が慌てて言って、体育館へ戻って行った。
「そうだね! なっつ、急ごう!」
「うん!」
私とふーも千秋の後を追って体育館に戻り、ステージ袖に入って行った。
再びアナウンスが聞こえる。
「これにて、第一部卒業証書授与式を終わります。続きまして、第二部へと移ります。準備ができるまで、卒業生の三年間をまとめた写真のスライドショーを御覧ください」
そうだ。
姫乃森中学校の卒業式は一味違う……。
それは、第二部が存在するということ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます